曖昧な僕ら。


□反撃の眼鏡
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Bはカレンダーを見て目を輝かせた。
いそいそと身支度を整えて、財布の中身を確認。
飛び跳ねる勢いで玄関に向かい、扉を開けた瞬間、背後から手ごとドアノブを握られ閉められた。

「うん?」

Bは首を傾げ、後ろを振り返り、パンツ一枚の寝起きで小汚いおっさんを見上げた。
古傷が痛々しいが羨ましい位鍛えられた裸に、付けっ放しのドッグタグがちょっと格好良い。
しかし、今一度視線を下げれば、パンツはBがセールで買って来た残念なキャラクター物なので小さく笑った。
それにしても、もう本屋は空いている時間だが、夜行性のおっさんの活動時間では無い。
何時から起きているのか、煙草は半分程消費されていた。

「おはよう。珍しく早起きだね?」

「何処行くんだ?」

「漫画買いに本屋。何、煙草?」

「今日は出かけんな。」

「…なんで?」

Bは ぽかん と目と口を開ける。
Aは咥え煙草を上下させるだけで何も言わず、Bにも有無を言わさぬ態度だ。
無論、Bの武闘派眼鏡の二つ名は伊達では無い。

「意味わかんないんだけど。なんで?寂しいの?」

「昨日の夜の事、もう忘れちまったのか?」

「Aの知り合いから悪戯電話があった事?」

「それ。」

Bは肩を竦める。

「悪戯のレベルが地味に高くてちょっと怖かったけど、犯人はAの知り合いなんだろ?」

「ああ。“この俺”の、知り合いだ。」

「あー、そっか。…うーん。」

Aが言わんとしている危険性が若干リアルになって来たBは、それでも少し悩んだだけだった。

「でもまあ、Aの知り合いならAを怒らせる様な事はしないだろ。いってきま、」

「本当に行くのか?」

「…ねえ、Aの知り合いって色々大丈夫?」

「大丈夫じゃねえから言ってんだ。」

BはAに握られたままの手を見て、唇を尖らせた。
Aは目を尖らせる。

「漫画なら明日にしろ。腹いせになんか企んでっかどうか、まだ様子見てっから。」

「…類は友を呼ぶって言うけどどんな知り合いに囲まれてるんだよ。」

心底呆れた顔をするBに、Aは苛っとする。

「ネットで買えば?」

「ネットショッピング、直ぐ来ないしよくわかんないし好きじゃないんだよ。」

「…俺もだけど。」

Bがドアノブを下げようとし、Aは更に力を込めてBの手を止めた。
Bも苛っとし、Aも更に苛っとする。

「直ぐそこの本屋だから!」

「駄目だ。」

「なんで今日に限って!?僕がこの日をどれだけ楽しみにしてたと思うの!?」

「…。」

この件、諸悪の根源はAの日頃の行いだ。
わかっているAは強くは出られず、僅かに退いた。

「わかった。俺の提示した条件を満たしたら出かけても良いぜ。」

「条件?」

Aはドアノブから手を離し、煙草を指で挟んで腕を組んだ。
訝しむBをニヤニヤと見下ろした。

「いってきますのちゅーしろ。でなきゃ絶対家から出さねえ。」

「はあ゛?」

心底嫌そうなBの顔に、Aはしてやったりと笑う。
誰よりもセクハラの被害に遭いAを嫌うBが、自らAにキスする事等あり得ない。
力ではまだAの方が遥かに上なので強行突破等論外、Bの詰みだ。
だから、BがAを睨んだ時、Aは「文句があるなら言ってみろ、せめて聞いてやる」という尊大な態度だった。
しかし、Aは全く気付かなかったが、その時Bの頭の天秤は「新巻への期待」に大きく傾いていた。
AはBに胸倉の代わりにドッグタグを掴まれ、まずは殴られるのかと軽く奥歯を噛み締めたが、直後のBの行動が予想と違い、素直に驚いた。

「…苦。」

Aの眼前、瓶底眼鏡の向こうでBは嫌そうな顔をしていたが、それも一瞬。
満面の笑みを浮かべた。

「いってきまーす。」

Bは無意識に伸ばされたAの捕縛の手を擦り抜けて扉を閉めた。
その際、扉に何かがぶつかる鈍い音がしたがどうでも良い。
心の中ではスキップしながら本屋へ向かった。

「…畜生。瓶底眼鏡君に唇奪われた。」

Aのスマホがリビングでけたたましく鳴る。
Cからの抗議の電話だ。
Aは電話には出ず、コンセントに話しかける。

「見て聞いてたんなら何とかしてやれ。」

途端、着信が止む。
これでBは安全だが、Aは暗い。

「しかもこの俺が素人の動きを読めなかったとか。…鬱だ、死にてえ。」

割と細く白い首、血色の良い柔らかい唇、すっと通った鼻筋。
その上に威風堂々と鎮座した瓶底眼鏡。
Aは扉に額を付けたまま、暫く凹み続けた。



ざまあみろ by B


 


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