曖昧な僕ら。2

□腹筋ワンダー
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日中は大学生である鈴木は友人と別れ、構内の図書館に向かった。
試験の時期でも無ければ、図書館の書籍は丸写しをすれば即不可だ。
普段なら寄りつかないが、空きコマの多い毎週水曜日は鈴木を必要とする人が待っていた。

鈴木は舗装された道を外れ、たまに青大将に遭遇する獣道を通った。
硝子張りの自習コーナーに直結し、見た目からは想像も出来ない程気配に敏い目的の人物が顔を上げた。
存在感が半端無い瓶底眼鏡の下、目に見える訳ではないが穏やかに微笑んでいる。
その周囲、衝立で区切られた机の上には所狭しと分厚い本が並んでいる。
電気屋で暇そうな子どもの為程度ならピアノが弾ける事も判明した手にも、難しそうな本が握られている。

鈴木はどうしてこんなに勉強熱心な人が大学生では無いのか、毎回悩みながら玄関まで回る。
一般人よりも長く本を借りられるだけがメリットの学生カードをゲートに通し、入館して首を傾げた。
いつもなら借りて欲しい本を纏めてカウンターの前で待っているのだが、今日は居ない。
読み終わった本を返すのに手間取っているのかと自習室に顔を出せば、本に加え女子に囲まれていた。
雰囲気からして一年生達だろう。

「私達、ずっと貴方の事が気になってたんです。ここの生徒じゃないですよね。」

ついに田中のイケメン力が瓶底眼鏡を貫通したのかと、鈴木は戦慄したがそうではなかった。

「噂によると少林寺拳法サークルにも顔を出してるって。」

「うん。バイト先で知り合った子が紹介してくれたんだ。」

田中の下心の無い優しい話し方は、女子受けが良い。
女子達はより一層興奮し、一歩前に出た。

「その眼鏡、取って見せてくれませんか?」

「…良いけど。」

図書館の自習室と言う事も忘れて女子達が騒ぎ出す。
しかし、鈴木は制する事はなかった。

「これで良い?」

「…。」

右0.05と左0.03の軽い乱視を嘗めてはいけない。
相手が男か女かもわからなくなる視界で相手の顔色を窺おうと顰められた、その不細工な顔を可愛いと愛せるのは同じ学び舎を中退した佐藤だけだ。
偉大なる、彼女達にとっては先輩の友人である鈴木は、頃合いだと顔を出した。
丁度眼鏡を掛け直した田中と目が合い、片手を上げて挨拶に変えた。

「片付けまで手伝って貰って悪かったね。何が良い?」

「珈琲で。」

「本当に好きだね。」

都会にある大学は競争率が激しいから売店や食堂が充実している。
鈴木の大学の構内には、某有名珈琲チェーンが出店している。
そこで珈琲と、ホイップがたっぷりと乗った期間限定のシェークと、オリジナルブレンドティーラテのホットをソイミルクでを購入し、人だかりの出来ている方へ向かった。
そこでは先程鈴木が心の中で偉大なる先輩と称した佐藤がライブのチラシを配り、希望者にはチケットを販売していた。
過去形だ。
田中と鈴木が到着した時には全て配り終え、完売していた。
佐藤はデビューこそまだ先だが、顔とスタイルが良いのは勿論、歌も上手ければ性格も優しく、極めつけは実家が金持ちで帰国子女だ。
王子様とはまさしく佐藤の為にある言葉だとは言わずもがな、女子達は特に佐藤の為に金を惜しまない。
純粋なファンも多いが、下心のある女子にも群がられる、超人気バンドのボーカルはしかし、唯一残念な所がある。

「盛り上がってるし、落ち着くまであっちで飲もうか。」

「そうッスね。」

水を差さない為の思いやりから来る行動を取った訳だが、視界の端で佐藤は笑顔のままスマホを取り出し操作した。
少し間を置いて鈴木のスマホが震える。
見なくても差出人と内容がわかる。

『田中さんとデートなんて羨ましい。後で覚えとけよ。』

当の田中は借りたばかりの難しそうな本を、鈴木にとっては胸焼けしそうな程甘い飲み物と一緒に味わっていた。

 

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