曖昧な僕ら。2

□藪を突くとロクな事がない
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全く気づいていないBに驚く看護師に、Bが首を傾げた。
「なんだよ」という前に、Bの頭にスマホが乗せられた。
Bは驚きのあまり、悲鳴すら出せなかった。

「忘れもんだ。」

Bが振り返れば予想通り、本物の金髪のくせ毛をラビットファーの髪留めで纏めた、赤いセル眼鏡が似合わない、無精髭の男が呆れていた。

「びっくりさせんじゃねえよ。普通に渡せ。」

「気ぃ抜き過ぎなんじゃねえの?」

「ガードマンが常駐してる病院で襲われる事を想定してねえからな。わざわざ届けに来たのか?」

「せっかく家でのんびりしてたのに、過保護なおまえの彼氏がうるせえから。」

「は?Cさん仕事でいねえだろ。」

BはAに顎をしゃくられ、スマホのロックを解除した。
ポップアップして来た怒涛の着信履歴にドン引く。

「なんで?」

「B君のスマホが動かへん!倒れとんのとちゃうか!?だとよ。」

「まあ、うん。無断でGPS追跡されてる事はもうどうでもいい。なんとなくそんな気はしてた。」

Bの目はAよりもうんざりとしている。

「これ、一回出てるよな。忘れてったって答えたんだろ?」

「おう。だが、離れとってもどこにおるか把握してへんと不安で仕事に手がつかへん、だとよ。そう言われちゃ同僚の俺としちゃ、風雅に叱られる前に届けるしかねえだろ。」

「大丈夫か、あの人。」

「大丈夫じゃねえな。今度、おツム診てやってくれ。」

「残念ながら脳神経は専門じゃねえ。」

Bは溜め息を吐き、スマホをポケットにしまった。
手はそのままにAを見上げたら、頭を撫でられた。

「無理すんなよ。」

「子ども扱いすんな。」

「ふん。」

去り行くAの背中を見送っていたら、隣から視線を感じて我に帰った。

「悪い、待たせたな。」

「今の、ミチェル先生のお兄さんですか?」

「ぶっ!?」

吹き出したBは、感情を露わに両手を広げた。

「は!?いらねえよ、あんな小汚ねえ身内!」

「そうですか?雰囲気がよく似ていたので。」

「俺も小汚ねえって意味か!?あ!?」

「いえ、ミチェル先生はいつもいい匂いがしますし清潔ですし、あの人も不潔には見えませんでしたよ。」

Bが「確かに最近は小奇麗だな」と思って間を空けると、看護師は勝手に合点がいった。

「あ、もしかしてあれが新しい恋人ですか?」

「っざけんじゃねえよ!ただの居候だ、居候!」

「えー、それにしちゃ親しげな雰囲気ですし、一緒に住んでいるんでしょう?来るもの拒まずのようで、一定の範囲には絶対に踏み込ませないミチェル先生が、赤の他人と?」

言葉に詰まったBの顔を看護師が覗き込むと、勢いを削がれたBは頭を掻いた。

「日本で世話になった礼だ。深い意味はねえ。」

「ああ。彼が、あの。」

「そうだ。おら、早く飯行くぞ。食いっぱぐれる。」

「はいはい。」

看護師は早足のBの後頭部に微笑む。
同僚からも子どもからも大人気のミチェル先生でも、夜は男遊びに困らないゲイバーのクイーンでも、現役兵士にも引けをとらない将来の伝説の衛生兵でも、そんな素振りを見せなくても、自覚がなくても、異国で心細い思いをしないわけがない。
家族が来てくれたのであればもう安心だ。
最近のミチェル先生が忙しそうなのに雰囲気が丸い理由を知り、看護師もまた、肩の力が少しだけ抜けた。

 

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