曖昧な僕ら。2

□あなたの知らない俺
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今日も日勤のBだったが、Cも夕方まで仕事という事で、夕食は外で摂る事になった。
不規則な生活かつ自由な二人の間に、デートの約束なんて珍しい。
Cからどんどん送られてくる浮ついたメッセージに、Bは苦笑った。
先に待ち合わせの店に着いたはいいが、Cの到着までまだ時間がある。
外の席に腰掛け、煙草に火を点け、吸煙器に向かって溜め息を吐いた。
喉も乾いたしビールを飲んでいたら、声をかけられた。
一瞬誰かと思ったが、元遊び相手の一人だった。

「よお、大尉。」

「大天使の覚えいただきありがたいが、今は少佐だ。」

「そりゃおめでとさん。」

ただのヤンキーのような風貌だが、Bと遊んでいた頃から頭と腕は確かだ。
軍に在籍していなければ、Bは歯牙にもかけなかっただろう。
人は見かけによらないのだと、改めて勉強になった。

「ビールでいいか?」

「ありがたくいただくが、少佐でビール一杯なら、ディナーを奢って貰えるのは大将になってからだな。」

「人をケチみたいに言うな。今日は彼氏とディナーだから時間がねえんだよ。祝って欲しいなら日を改めろ。」

「ほお?あのミチェルに彼氏なんてものができるとは、それこそお祝いが必要じゃねえか。」

二人はビールをぶつけ合い、勢いよく飲んだ。

「新婚生活はどうだ?少佐。」

「ミチェルと遊んでた頃のような刺激はねえが、幸せだ。落ち着くとか、温かいって、こういう事を言うんだな。久し振りに思い出したよ。」

強面の少佐のすっかり平和呆けした発言に、Bは屈託ない笑みで応える。

「いい事だが、悪く言うとあんたも歳をとったな。」

「俺もそう思うよ。」

それを悪いとお互いに思っていない。
少佐は、大天使が枕元でよく作ってくれた心地良い雰囲気を久し振りに味わい、頭を振った。

「それより、ミチェル、おまえの話を聞かせてくれよ。常識的で紳士的だが、快楽に関しては節操なしのおまえを捕まえたのは、いったいどこの神様なんだ?」

「おいおい、あんたと一緒にしてくれるな。」

Bが虫でもあしらうように手を振る。
その手には、相変わらず殴られたら痛かった指輪が嵌まっているだけで、ロマンチックの欠片もない。

「俺は結婚したわけでもねえし、今も火遊びをやめちゃいねえ。それでもいいって言ってくれる、変わった奴だから彼氏って名乗らせてるだけだ。」

「さすがは大天使。高飛車だな。」

「俺は別に彼氏なんて“存在はいらねえ”んだよ。さみしくなりゃ、慰めてくれる男なんてそこらじゅうにいる。」

「ミチェルは自律してるからな。」

「そうでもねえから一つに依存しねえだけだ。」

「…ほお。」

少佐の瞳に知性が宿る。
Bは新しい煙草に火を点けた。

「天使も神様を失ったら悲しむ心くらいある。人間なら尚更、煙草、酒、セックス、満遍なく信仰するに限る。」

「新婚への嫉妬か?」

「今のがそう聞こえたんならあんたは大丈夫だ。」

Bの心からの微笑みは祝福を意味している。
少佐は頭を掻き、溜め息を吐いた。

「いつかミチェルにもそう聞こえるさ。」

「死に際の幻聴だな。」

「信仰は満遍なく、だろ?」

少佐のジョッキが空になる。
立ち上がった少佐を見送るために、Bも残りを一気に煽った。
少佐はBの口の端についた水滴を指で拭った。

「それもまた一つの遊びだと思って、たまには一人に絞ってみろよ。」

「やだね。一旦変な噂が広まったら次から遊びにくくなる。」

「次があればな。」

「いいのか?信仰の押し付けはあんたの仕事の火種だろ。」

「責任をとるのは俺じゃなく相手だ。」

「…ごもっとも。」

相手のところで、BはCの姿を捉えた。
Cの歩く姿は、人通りの多い雑踏でも、まるでピントを合わせたかのようにはっきりと見える。
背筋を伸ばして長い足で颯爽と、変装をしていてもBにはそれが誰かわかる。
Bの目の色に、少佐は少し目を丸くしたが、Bの視線を追ってもっと丸くした。

「おい、ミチェル。おまえの彼氏ってあれか?」

「なんだ、知り合いか?」

Bが少佐を見上げた時、CもBに気がついて微笑み、Bの隣にいる男に気がついて目を丸くした。
BはCと少佐の反応に目を眇めるが、少佐は答えなかった。

「顔腫らして帰ると嫁が心配するからとっと退散するわ。」

「あ、おい!」

少佐を掴み損ねたBは、足を止めて途端にピントが合わなくなったCに目を凝らした。
大股で歩み寄り、Cの顔を上目使いで覗き込み、微笑んだ。

「夜は長げえぞ?ダーリン。」

「現役クイーンが、元彼詮索するのか?」

「元彼だったら興味ねえよ。ほら、早く行こうぜ。」

そして巧みにディナーを楽しまされただけのBは、Cを部屋に蹴り入れてから、もう一度一人で出かけた。

 

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