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 曖昧な僕ら

「元彼女と本命の影」



俺の名前は佐藤士織(シオリ)。
メジャーデビューを夢見て音楽活動に励む傍ら、昼夜バイトを掛け持ちしている。
時給はいまいちだけど、それ以上の価値が有って一番長く務めているコンビニは、残念ながら主に昼のシフトに組み込まれている。

夜勤は危険が多く、武闘派眼鏡の田中さんを始め、高橋さんの様に腕っ節に自身があるか、処世術に関して免許皆伝の腕前を持つナベさんの様な、兵共がシフトを固めている。
絶対時給に見合わないけど、彼等はレジを明け渡す位ならば闘う事を選ぶ。

だから店長の全幅の信頼を得ている訳で、俺の様に強盗が来たら両手で「どうぞ」とレジを明け渡す草食系男子組は、店長の居る昼勤にしか入れないのだ。

これは噂だけど、店長も昔は相当いわしてたそうで、田中さんや高橋さんが入る前の夜のコンビニの守護神を務めていたそうだ。
結婚して、今はお子さんも居て、出来れば荒事は避けたいし夜は家族と一緒に過ごしたい。
学校行事等もなるべく参加したい。
そんな所に来てくれた融通は効くは仕事も出来るはの三人には、頭が上がらない。
三人が何とも思っていない所がまた、店長の心を打つのだ。

三人を「格好良いよなあ」とは思うけど、ああなりたいとは失礼だけど思わない。
きっと色々遭って、あの三人はああなのだ。
きっと俺ではその色々を乗り越えられる事は無い。
それが真のイケメンと、着飾っただけの中身のない皮だけの男の決定的な違いだ。

だから俺はお客さんにはモテて、バイト仲間の女子からも一瞬モテるけど、告白される事は無い。
本命は田中さんだからそれは良いんだけど、その田中さんが天然新人女子バイトキラーで、その方が残念だ。
優しくて、高橋さんの様に強面でも、ナベさんの様なたらしでもない田中さんはバイトリーダーとして新人教育も任されている。
その度に一人前になった彼女達は昼勤に入る度、俺に恋の相談を持ちかけて来る。

「佐藤君って田中さんの事、詳しいよね。」

そりゃ詳しいさ、俺も好きだからね。
なんて答えられる訳もなく、いつも苦笑いで流す。
その結果、俺は二人のキューピッドになってしまう訳だ。

今、俺の隣に立っている直美ちゃんもその内の一人だ。
田中さんが何故か愛用している「B」という文字をメインに、田中さんのスマホをデコった人でもある。
別れた今も田中さんはそのスマホを普通に使っていて、直美ちゃんも淡々としている。
昔は度々シフトが重なっていたのに、今は少しも重なる事がないのは、その両方ともが空気が読める男の中の男である店長の心意気だ。

二人の間に何が遭ったのか、物凄く知りたい。

でも、第三者が興味本位で聞いてはいけない事だ。

気が緩むと下世話な質問が口から飛び出そうになるので、最近はマスクが必需品だ。
今日もまた、直美ちゃんと過ごす数時間が長く感じそうだ。

「佐藤君って、わかりやすいよね。」

「え?」

直美ちゃんは雑談に笑顔で応じてくれる子だけど、根は真面目だから勤務時間中はあまり話し掛けて来ない。
良からぬ事を考えていた事もあって、かなり吃驚した。

「せっかく田中さんとの事、応援してくれたのに直ぐに別れちゃって。何も言わずにごめんね。」

「いや、謝る事じゃないよ。こっちこそ、顔に出てたみたいでごめん。」

「仕方ないよ。佐藤君、田中さんの事大好きなんだもんね。鈴木君が田中さんが心配だってぼやいてた程。」

「鈴木!?あの野郎。」

「あはは!」

楽しそうに笑う直美ちゃんは、やっぱり田中さんとお似合いな可愛い子だ。
どうして上手くいかなかったんだろう。

「告白したのは私だけど、別れを切り出したのも私なの。…勝手よね。」

わざわざ口に出さなくても顔に出ているらしく、直美ちゃんは答えてくれた。

「田中さんは凄く優しくて私の事を凄く思いやってくれてたけど、それって、彼女じゃなくてもして貰える事だなって思っちゃったら、何だか虚しくなっちゃって。彼女って肩書きを貰えた事が他の子とは違う特別な事なのにね。」

「流石の田中さんも彼女と他の子とは扱いが違うだろ?浮気をする訳が無いし、本当にそれが理由なのか?」

「告白が田中さんからだったら、私の気持ちももう少し違ったかもね。」

そう言って微笑んだ直美ちゃんは、少しだけ罰の悪そうな顔をした。

「合わせる顔は無いけど、今でも田中さんと付き合えたのは良い思い出なの。ありがとう、佐藤君。」

「田中さんは直美ちゃんの事を嫌いになった訳じゃない。だから、合わせる顔が無いだなんて悲しい事思うなよ。田中さんは今だってあのスマホ、…。」

「そういう事。」

今度、罰の悪い顔をしたのは俺だ。
普通、それ程元彼女を彷彿とさせるものなら、振られたショックと共に買い替えるものだ。
それなのに、田中さんは今もそのスマホを平然と愛用している。
そういう事だ。
直美ちゃんは笑っている。
もう、吹っ切れたのだ。

「そうそう。なんでBなのか、佐藤君知ってる?あ、情報通だからもう知ってるよね。」

「いや。」

「へえ?佐藤君でも田中さんの事で知らない事あるんだ。」

「何それ。たくさんあるよ。」

「何か勝った気分。教えて欲しい?」

「是非教えて下さい、直美先生。」

「苦しゅうない。近う寄れ。」

直美ちゃんが楽しそうで何よりだ。

「セクハラと暴力と暴言と暴挙が絶えない阿呆と何年も同居してる僕は馬鹿だからだってさ。」

「ああ、あの金髪不精髭の人か。」

直美ちゃんの可愛い目が丸くなる。

「え!?男とは聞いてたけど、…そうなんだ。田中さん意外と筋肉質だし、喧嘩強いらしいし、もしかしてそういう人なの?」

「いや、田中さん自体は凄く健全な人だよ。こっちに来て路頭に迷ってたら、文明社会でもっと迷走してる野生動物が居て、見かねて押し掛けてからずっと面倒看てやってるって言ってた。」

「…。」

せっかく楽しそうにしていた直美ちゃんの目が据わる。
多分、俺の目も据わってる。

“告白が田中さんからだったら”

“彼女じゃなくてもして貰える”

直美ちゃんの言葉を思い出す。
きっと直美ちゃんも同じ事を考えているだろう。
確実にその男は田中さんの特別だ。
彼女の肩書きくらいでは与えられない、田中さんの特別だ。
いや、もう既に特別な人が、それもかなりインパクトの強い人物がいるから、田中さんにとってどんな肩書きを得られても、それだけではその男には勝てないのだ。

「私も金髪にして煙草を吸えば良かったのかしら。」

「ヤサグレないで直美ちゃん!」

目が死んでしまった直美ちゃんの肩を掴んで揺さ振って魂を呼び戻す。
そんな俺の頭の片隅でも、直美ちゃんのぼやきと同じ事を考えている位には、俺もショックを受けていた。



その夜。
鈴木は、カウンターに隠してアプリゲームに熱中する田中に、佐藤から届いたメールを掻い摘んで読んだ。

「スマホ、買い替えないんスか。」

「あー、この機種じゃ今人気のアプリ出来ないもんね。でもさ、これ、まだ前のガラケー使えたのに欲しくて欲しくて欲しくて、その時の僕じゃどうやったって買えなくて我慢してたら、何故か母の日に同居人が買ってくれたやつなんだよ。だからヤバくなるまで使うつもり。」

「そのBって装飾が気に入ってるからじゃなくてッスか?」

その問いは、佐藤のメールを読んだ鈴木が純粋に発したものだ。

「あー、それもあるかな。」

「…。」

なんでこの人モテるんだろう。
鈴木は田中大好き佐藤にその旨をメールし、暫くして返って来た超長文を読む事なく、スマホをポケットにしまった。



諦めろ、佐藤。 by 鈴木



H26.4.24




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 Milky load「仲良しこよし」
 


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