頂き物

□それが僕等の愛のカタチ
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「いやぁ、いい仕事日和だなぁ。天気が良いと、今日も一日頑張るぞーって気分になるねぇ」

平和を象徴するかのような鳥の囀りに耳を傾け、柔らかい陽射しを浴びながら、書類片手に紅茶を飲む優雅な姿。
窓から差し込む陽の光は書類が散乱した執務室を惜しみなく照らし、徹夜明けの充血しきった目を容赦なく攻撃してくる。
目を僅かに細めてその攻撃をやり過ごすと、シオンは同室にいる親友に明るく声をかけた。
机に伏せっていた黒髪が反応する。ゆっくりと首を持ち上げ、さながらゾンビの如く顔色の悪い面が露わになる。

「本日で5日目ですね…もうそろそろ、アレをしなくてはなりません…」
「ん?アレってなんだい?」
「そんなそんな、とぼけるなんて…お茶目な事をなさらないで下さいな陛下」

限界を超えたせいなのか、ライナはどうやら本来の喋り方を忘れたらしい。気色の悪いクネクネした敬語をつかってくる。
シオンは内心おおっと驚いていた。粗雑な口調しかできないと思っていたが、丁寧な物言いもできるではないか。新たな一面の発見であった。

「アレっていうのは何だろうか」
「あははは、もう…本当はアレが何か分かってるくせにぃ」

死に瀕しかけているとしか思えない声で喋りつつも、気持ち悪さ最大値の話し方は変わらない。
ちなみに表情は一切動いていない。
片方の口の端だけが奇妙に持ち上がり、ヒクヒクしている。黒い瞳は生気を感じさせぬまま、澱んでいた。
眠いのだろう。というか、半分以上あちらの世界に旅立っているのではないだろうか。
それくらい、今のライナには生物としての命の輝きを感じさせなかった。

「アレが…アレが欲しいの…」
「ふむ。成程ね。…ライナはもう限界なのかい?」
「アスタール様だって、限界でしょ…?」

ライナは尚も媚びた口調で言い募る。
顔面は蒼白、目は半眼、手にあった羽ペンがボキリと嫌な音を立てて真っ二つに折れた。
朽ち果てかけた眼力が雄弁に物を語っている。
もし、話にのって来なかったらお前はこの羽ペンと同じ運命を辿ることになるぞと。
シオンはカップを置いて、苦笑を零した。

「そうだね。限界かもしれない。じゃあ、アレにしようか」
「あっは!やったぁ、王様ダイスキ!英雄王バンザイ!」
「うんうん、可愛いこと言ってくれるじゃないか。じゃあそんな可愛い可愛いライナ君にご褒美をね、あげようね」
「エッ?もしかしてもう二度と仕事しなくていいっていうのー?それとも永久休暇くれるのー?」
「ライナ君が僕のために身を粉にして死ぬまで働いてくれれば、自動的に永久休暇に突入するよ」
「あっはは!それ、わたくしめに死ねとおっしゃってるのおおおー?ううん!でもわたし怒らないよ!なんて言ったってアレをくれるんでしょおお?」
「あぁもちろんだよ。ちゃんとあげるよ。あと2日後にね」
「きゃああああああ嬉しいいいいいいいいって言うと思ったかあああ!てめぇええ真っ二つに折って畳むぞおおおおおお!!!?」
「え?真っ二つに折って畳む?誰を?」
「てめえだよ!てめえに決まってんだろうがああああ!」
「その冗談は面白くないなぁ〜」
「呑気に茶ァすすってんじゃねぇよこの悪魔ぁああ!」
「ははははは…」
「死ねぇ死んじゃええええ!もういいっもう帰る!勝手に帰るったら帰る!お前なんかに付き合ってられるか仕事狂い!」

余程勢い良く立ち上がったのか、椅子が後ろに倒れる。
ガタンッと床に響いた音と外から聞こえる鳥の鳴き声、そしてライナのヒステリックな叫び声。
シオンは一度目を閉じる。閉ざせばすぐにでも意識を闇に持っていかれそうになるが、引き留めたのはライナ目覚ましだった。頭を冴えさせる。いい、悲鳴だ。
うわんうわん叫びながら、ライナは出て行こうとしている。
シオンはすいと閉じた瞼を開き、眩いばかりの笑顔を浮かべた。
今にも執務室から立ち去ろうとしている背中に優しい、どこまでも優しい声音が追う。
それは独り言だった。シオンはライナに向けて発言しているわけじゃない。
ただ、胸のうちで呟いた言葉がうっかり口から出てしまっただけ。

「主を置いて帰っちゃうような躾のなってないペット…一から調教し直さないと駄目か…?」

瞬間、ドアノブに手をかけていたライナの肩がビクッと跳ね上がる。
威勢良く喚き散らしていた口が閉じて、代わりに体全体が悲鳴を上げてるのかブルブルと震え始めた。
数秒前まで、あれほど威勢が良かったというのに、突如として変わってしまった。その原因はなんなのか?
シオンにはまるで分からない。
香りのいい紅茶が半分以上残っているカップの口に人差し指を滑らした。
扉の前で何かに怯えているライナの様子に、金瞳を細める。

「ん?どうしたライナ。そんなところで立ち止まって。今すぐ宿に帰って寝るんだろう?」

やはり、優しい声音。
聞く人全てがシオンに心の底から心酔してしまいたくなるような、声。
シオンに声をかけられた者は、一様にして聞き惚れてしまうという。
あまりの心地よさに、陶然としてしまうらしい。それは女だけでは留まらず、男にも言えることだというから凄い。
その耳に染み渡る美声を一身に受けたライナも例外ではなかった。
小刻みに震えながら、身に余りまくる歓喜に泣きはじめる。
よろよろと帰ってくると、倒れた椅子を立てて座り直した。
机に伏せって泣きじゃくっている。

「うえ、え…」
「全くライナはすぐに泣くんだからなぁ。ママ〜ママ〜って。あぁいや違うか。シオン様ぁシオン様ぁの間違えだったな。あはははは」
「お前なんて嫌いだぁー」
「ん、ん?何を言ったのかな?ちょっと耳が遠くて聞こえなかったんだが」
「うええええ」
「そんなに泣いて、まさか慰めてほしいのか?甘えん坊だなぁ」
「うっさいうっさい!もうやだ、もうこんな奴に良いようにされるのは嫌だ!」
「ほう…じゃあどうする?」

尋ねると、キッと充血した黒目がこちらを睨みつけてきた。
シオンもライナに負けず劣らずの充血具合なので、血眼同士のぶつかり合いである。
お互い鬼気迫った視線だった。この場に第三者がいれば、あまりの迫力に腰をひいていたかもしれない。

「お前とは金輪際口を聞かない!」

ビシリ、という効果音が素晴らしく似合いそうなオーバーアクションをもってライナは言い放った。
ちょっと決まった!とでも言いたげな顔をしているのが、またシオンとしては物凄く滑稽に見えて―…。
腹を抱えて笑い飛ばしてやりたいところだ。だが、シオンは大人である。
繊細な子供の精神を傷つけることは好まない。なので、ニヤニヤと意地の悪い笑みを口元に刻むだけに留めた。

「ライナって、精神年齢いくつ?」
「馬鹿にすんなー!」
「あ、もう喋った」
「…あう…」
「さぁ、御遊びはここら辺にして、お仕事しましょうねー新しい羽ペン持ちましょうねー」
「こ、殺してやる…いつか絶対あのすかした面を凹ませてやる…」
「おいおいライナ。いい加減その口の悪さをどうにかしないと…………どうなるか…あは、俺にそんな怖いこと言わせるなよ」
「……」

ライナは無言になった。
よし、これで静かになったとシオンはほくそ笑むが。
頭を俯かせて黙っていたライナが再び顔を上げて反抗的な眼差しを寄こしてくる。
まだ止まらないのか、シオンは胸中で溜息を吐く。
今度はどんな物言いをしてくるのか、そしてそれをどうやってねじ伏せてやるか、少しだけワクワクしながら、ライナの言葉を待つ。

「いつもそうやって俺を苛めるが」
「うん?」
「お前は俺のこと…本当は」

ライナは一度言葉を切った。
そして少しだけ、不安そうに瞳が揺れた。

「嫌いなのか?」

あまりにも愚かな質問。
どんな罵詈雑言が飛び出してくるだろうと、楽しみにしていたのに、シオンとしては拍子抜けだった。
ライナは一体なにを言ってるのやら。嫌いな人間を側に置いて愛でるほどシオンは暇でもなければ物好きでもない。
軽く首を振り、即座に答えを返す。

「好きに決まってるだろ」

馬鹿なこと言ってないで、早く仕事仕事ー。
あっさり告白を口にしたシオンを余所に、直球な問いに直球な答えを返されたライナは頬を真っ赤に染めていた。

「なっ」

ライナの黒い瞳が明らかな動揺を映し、うろたえていた。
…この反応、まさかライナは俺の気持ちが分かっていなかったとでも言うのか。
そうだとしたら考えられない。
溢れんばかりの愛情を注ぎ、これでもかと愛でまくっていたというのに。

「俺はね、ライナ」

眠気なんて空の彼方にまでぶっ飛ばしたみたいな顔をして、ライナが呆けている。
シオンは悠然と微笑んでみせた。

「好きな子はとことんいじめるタイプなんだよ」

分かりきった事。
知り合って早数年、そんな初歩的なことすらライナは理解できていなかった。
少しだけ、傷ついた。
愛情表現が足りなかったようだ。ならば、これからはもっと過激な愛を与えてやろう。
愛され過ぎて辛い、愛が重たいと泣きたくなるくらい、情熱的なものを捧げてやる。
見る見るうちに顔全部を茹でタコ状態にしたライナは口をパクパクさせたあと、無駄な足掻きを一つした。
それはシオンの告白に対する天の邪鬼な答え。
シオンの悪戯心を刺激する、魅力的な答え。






「お前が俺を好きでも、俺はお前なんか大っ嫌いだ!」
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