「ほら、これが約束の品物 だよ。」
そう言って白髭混じりの男は憮然と手の平に納まる位の革袋を俺に手渡す。
中身を見て約束の品である事を確認し男に報酬である金貨を差し出す。
男は決して軽くない重さのそれに驚いて可笑しそうに笑う。
「気持ちは有り難く頂いて おくぜ」
その多い金額が、口止め料である事を男は即座に理解しそそくさとその場を後にした。
厄介事に巻き込まれたくは無いのだろう。
この時期は特に…。
今、現在バチカル市内地は現国王、インゴベルト六世の誕生を祝う聖誕祭を来週に控え、人々で賑わっていた。
そして、それに伴って警備は強化されあちこちを兵士が巡回している。
俺の姿は目立つ朱の髪を黒く染め、灰色の外套を纏いフードを目深に被るという格好で、下手をすれば不審者として尋問されかねない状況だった。
早くこの場を離れなければならない。
だがそれも躊躇われた。
心に潜むまだ我が儘な自分がねだる。
見つめる先
その先に広がる貴族達の住まう屋敷の数々
もしかしたらと
あわよくばと
今、ここに来て
手の届くかも知れない先
目で見る事が出来るかも知れないと
一瞬でも考えてしまえば
もう駄目だった
恋しいと
逢いたいと
思ってしまう
なんて厄介な感情
そして
この後、俺はいつまでもバチカルに滞在していた事を後悔する事となった。
・・・・・
「何とか言ったらどうなん だ!答えろ!!」
きつい口調で詰問を受ける
俺はただ溜息しか出ない。
自分の迂闊さは今に始まった事では無かったけれどこれでは余りにも…。
失態だった。
事の発端は至極簡単なものだった。
ただこの場所から離れがたかった自分。
兵士からすれば王城の方、正確にはファブレ邸のある方だったが、をずっと見ている外套の男。
そんな状況で見咎められ、尋問を受けるという事態となっていた。
「貴様!
いい加減何とか言ったら どうなんだ!!」
いつまでも黙秘を続ける俺に兵士達は苛立ちを表にする。
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