ユグドラシル

□言葉の痛み
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驚いた。



声をかけられた時の感情はその一言に限った。

まさかこんな所で出会うことになるなんて…。

思いもよらなかった。

出会いが『今』だとは…。

小柄で華奢な体格。
深い新緑を彷彿とさせる肩までで切り揃えられている髪。

それと対をなすかのような穏やかで知性的な碧の瞳。
身に纏うのは白と若草色を基調とした教団服。


それは導師だけが着用を許された禁色。


教団最高指導者になる事が『預言』によって定められている少年。『被験者』イオンその人だった。




「どうして導師がこんな所に…。」

呆然とした呟きが唇から零れる。くらり、と眩暈を感じる。

嫌がおうにでも彼の存在は『彼』を思い出させた。

儚く笑う笑顔。
乖離する音素。
解けて消えた躯。

彼は哀しむ為の形見すら何も遺さなかった。
ただひたすらに優しかった人。


自分に歩むべき道を示した、亡くした大切な友人。


もう二度とあの喪失感を味わうのは御免だった。


「…どうかしましたか?」

思考の海に囚われそうだった。
導師が不思議そうに俺を見上げてくる。



「いえ、何でも無いです。
けれど…、どうして導師イオンがこのような場所へ?」


教団の数有る図書室、此処は資料室と言った方が良いだろうか…。
そんな普段は人も近付か無い場所に導師が護衛も付けずに居る事は些か問題があるはずだ。

まず無いとは思ったが一応、道に迷ったのかどうか確認してみたが首を横に振られてしまった。

どうやら違うようだ。

「貴方に会いたかったんです。」


事もなげにそう言われた。


面識は無かったと思う。

直接的に接触する任務も無かった筈だ。

今はまだ自分は高々、第二師団配下の一般兵士。

導師が自分に逢いに来る理由が分からなかった。

「…会いたかったって、俺と何処かで会った事が有りました?」

疑問に思ってそう聞けば、導師護衛役のアリエッタに話しを聞いたのだと答えが返って来た。





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