「ルーク…?」
キムラスカ・ランバルディア王国首都バチカル、レムデーカン・レム・二十三の日。
真っ青に晴れ渡った空を一筋の閃光が軌跡を描く。
何事かと次々に振り仰ぐ人々。
思わずと言った風につられて振り仰いだ青年の眼差しか剣呑んに眇められる。
吹いた風によって青年の長い前髪に隠された素顔が顕になる。
歳の頃なら二十歳の半ば。
髪は黒く、間から覗き見えるのは対峙した者を威嚇するかの様な鮮やかな緑柱石の瞳。
目鼻立ちのはっきりした端正な顔立ちと猫を彷彿させるしなやかな体躯。
立ち姿はまさに騎士か軍人。
この上なく正装が似合いそうなその人物はいたって普通の、どこかの邸の使用人としかいえない格好をしていた。
灰色のシャツを肘まで捲り上げ、腰には年季の入ったエプロン。
足元は綺麗に磨かれた革靴。
適度に日焼けした腕には買い物した紙袋を抱えていた。
その日も青年、アッシュに取っては午後の穏やかな、いつもと変わらない日常の筈だった。
変化の乏しい、この上なく平穏で平和な日々。
だが、体内の音素が酷く騒めき異変を教えてくる。
良い知れぬ焦燥感。
鼓動が胸を叩き落ち着かない。
不安と恐怖がない交ぜになったかの様な感情がアッシュの胸を支配する。
珍しい事だった。
アッシュに取って不安を感じる事柄は日常ではほぼ無かった。
本人も自覚していたが、感情が欠落していると言っても過言ではなかった。
唯一つの事柄においてしか何者もアッシュを左右しない。
その自分が不安と言う強い感情を憶えた事に対してアッシュは些か驚いていた。
何かあったのだろうか?
原因の分からない不安を抱え一先ずは屋敷への道筋を戻る。
沸き上がる不安が杞憂で有ることを願いながら。
【空を渡る軌跡】