不二受長編

□★Always.(跡不二)SS
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 跡部の退院日は、バレンタインだった。


「おかえり。跡部」
 ふたりで入ってきた玄関でキスをする。
 不二は、ぎゅっと跡部に抱きついた。
「久しぶりだな。この部屋」
 自分の部屋が久しぶりだと笑う跡部を、不二が微笑んで促す。
「座ってて」
 跡部をソファに座らせて、不二はキッチンに立った。
「……」
 なにをしているのかと、跡部が不二の様子を窺う。
 不二はどうやらお菓子を作っているらしかった。
「跡部、好きなことしてていいよ。もうすぐ出来るから」
 クッキーの型を取りながら、不二が言った。
 跡部は、こう見えても不二の作るクッキーがお気に入りなのだ。
 甘さは控えめで、香ばしい焼き立てが一番。
 だから、不二はバレンタインにココアクッキーを作ることにしたのだ。
「…跡部?」
 ふいに近づいてきた跡部に、不二が顔を上げる。
「見てる」
 ぼそりと跡部が言った。
 うん、と不二が微笑んだ。
 オーソドックスな菊の型で不二はクッキーと作っていた。
 茶色のココア味とクリーム色のプレーンの二種類だ。
『チョコレート』代わりのココア味は、砂糖抜きココア粉末を使い、別に入れる砂糖で甘みを出す。
 プレーンのほうも、バターは無塩を使う。
 お菓子作りの基礎がしっかりしているから、不二の作るクッキーは絶品なのだった。
「バター入れすぎちゃったかもしれないんだ」
「平気だ」
 不二の手元で、どんどん生地から型が抜かれていく。
「これ」
 跡部が差した先に、まだ使われていない型があった。
「ねこさんだよ」
 ふふ、と不二が笑った。
 きみの家にいたなぁと思ってね、と不二が言った。
「エリザベス、オメーにはよく懐いてたよな」
「そうだね」
 エリザベスとは跡部家の家猫である。
 普段は愛称のリズで呼ばれているが、気位の高いこの猫は、客人にはエリザベスと呼ばないと反応しないことが多い。
 その猫が不二にだけはなぜか懐くのだ。
 不二本人には分からなかったときも、不二が跡部にとってどれだけ大事な存在か猫は敏感に感じ取っていたのかもしれない。
「オメーがリズの写真をまともに撮ったときは驚いたぜ」
 どんなプロの写真家が来ても逃げ回って写真を撮らせなかった猫が、不二の前では機嫌良く気ままに写真を撮らせているのだ。
 その中の一枚を跡部がいたく気に入って、この部屋のフォトスタンドにさりげなく飾られている。
「このねこさん、目をつけると可愛いかもね」
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