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□まるでなにもなかったかのように
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誰もいない教室で、大好きな恋人とふたりきり、
なのに。
「なあー」
「…」
「ねー」
「…」
「…まだ怒ってんのかよ?」
「…別に…」
つんと唇を尖らせて、長太郎は言った。
(ぜってー怒ってる)
俺はあからさまな長太郎の態度に少しムッとしながら、今日何度目かの謝罪を口にする。
「ごめんって」
…あ、やばい
イライラが少し声にでてしまったかもしれない。
それに長太郎は気づいているのかいないのか、チラッと俺のほうを横目でみた。
その目がいつもより少し潤んでいる気がして、俺はうっと声を詰まらせる。
…泣いてんの?
それが言葉になる前に
長太郎はその目と唇を大きく揺らして、呟くように、言った。
「……お、れも、ごめん…なさ…」
「…っ」
きっかけは些細なことだったんだ。
顔を真っ赤に染めながら、必死に紡がれたその言葉が、なんだか急に愛しく思えた。
俺がニッコリ笑うと、長太郎もいつもの優しげな微笑みを浮かべた。
どちらからともなく俺達はそっと唇を寄せ、触れるだけのキスをする。
喧嘩の原因なんて、もう思い出せなくなっていた。
(まるでなにもなかったかのように)