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下に沖千小説を置いています。






ふわり、と心地よい風が頬を掠める、穏やかな昼下がりの事だった。


土方にお茶を出し終え部屋を退出した千鶴は、頬を掠める陽気な匂いに誘われるがまま、中庭へと向かう。
干していた羽織がもう乾いているだろうから、と口実のようなそれを呟いてみるが、頭の中はあのポカポカと暖かそうな陽気の事でいっぱいである。



「・・・あれ、沖田さん?」



縁側まで歩いて中庭に出た千鶴は、自分に背中を向けて空を見上げるその人物に気付き、ふと首を傾げた。


(沖田さんも日向ぼっこしてるかな?)



普段から殺すなど斬るなど物騒な事をよく言う彼も、このポカポカした陽気に誘われたのかもしれない。
そう思うとあの沖田さんが日向ぼっこなんてなんだか可愛らしい、と思わず口許を弛めてしまう。
そのまま沖田の背中を視界に入れながら、千鶴はふと首を傾げた。


沖田は気配を消すのがとても上手い。
千鶴だって新撰組預りになってから、いつか必要になるだろう、と気配を読む練習をして来たが沖田のそれは並大抵ではないのだ。
全く気づけない。


誰もいないと思っていた後方から、いきなり息が詰まる程の圧力をかけられ、足が震えて振り向く事も出来ない。首筋には鋭く研がれた刀が添えられており、振り向いたら自分の首が飛ぶのではないか、と錯覚してしまうから。
最初の頃、沖田はそうしてよく千鶴に殺気を突き付けていた。


今でこそ殺気を向けられる事はなくなったが。
その代わりか最近は気配を消したまま後方からいきなり抱き締められるので、どちらにしろ千鶴としては気が気でないのだ。


(・・・沖田さんはどうなんだろ?)


彼が普段千鶴にしているような事をされれば、沖田も驚くのだろうか。
そういえば千鶴は沖田の驚いた顔を今まで見た事がなかった。
いつも驚かされてばかりで、沖田は千鶴のその慌てぶりを見て楽しそうに笑っている。



(沖田さんも驚いたりするのかな?)



と、沖田が聞けば、僕を一体何だと思っているの、と黒い笑みを湛えるだろう事を考えた千鶴は、暫く悩んだ後よし、と顔を上げた。
決していつもの仕返しという訳ではない。
本当に疑問に思ったから。
ただ、あの沖田相手に何の警戒心も抱かず、安易にその行動を決行に移したのは、やはりこの陽気のせいで千鶴の頭も呑気になっていたからなのかもしれない。


千鶴は沖田に駆け寄り、そのまま背中にとん、と抱き付いた。


抱き付くと言うには少し優しくて、触れると言うには少し密着している。
とにかく、沖田が普段仕向けるようなそれとは比べ物にならないほど控え目に、
千鶴は両手が背中に当たってしまわないように、と沖田の脇腹の横を通るように手を伸ばす配慮までしていた。


するとその瞬間、沖田の身体が驚いたようにビクリと動く。
それは背中越しに千鶴にも伝わって、思わず顔を上げれば文字通り驚いた表情をした沖田がこちらを見下げていた。



「・・・千鶴ちゃん?」
「えっと、その・・・驚きましたか?」


名前を呼ばれた途端、何故だか急速に申し訳なくなって、千鶴は所々つっかえながらも言葉を紡ぐ。
すると沖田の驚いていた表情が、一気に黒い笑みへと変わった。



「ふうん。ただ飯食らいの君が一番組組長の貴重な非番の日を邪魔する権限があったなんて知らなかったよ」



冷笑と共にそう吐き捨てられて、千鶴の頭は一気に冷える。


「ご、ごめんなさい!そうですよね、私一体何して・・・」
「いい度胸」


謝罪と共に慌てて身体を離そうとすれば、何故だかそれ以上身体が動かなくて、千鶴はあれ、と首を傾げた。


「・・・あの、沖田さん?」


沖田が離れようとする千鶴の両手をしっかりと掴んでいたのだ。
身体を後方に倒そうと力を入れても離してくれず、ならばと握られた両手をばたばたと動かしてみても、更に掴む力が強くなっただけだった。
沖田の真意が分からず、千鶴があたふたと慌てていれば、それを見た沖田の口角が楽しそうに上がる。


「それとも千鶴ちゃん、もしかして僕が恋しくなって抱き付いたの?」
「えぇっ!?ち、違います!そうではなくて、」
「それなら早く言ってくれればよかったのに」



沖田の口から出た予想外過ぎる言葉に、千鶴が慌てて反論をするも、沖田は全く聞く気がないのか、にっこりと笑いながら掴んでいた千鶴の両手を勢いよく、引っ張った。
すると僅かに開いていた隙間もなくなって、千鶴の身体はギュウっと、沖田の背中に押し付けられる。

先程自分から抱き付いた時は恥ずかしいなんて思わなかったのに。
何故だか今は背中から伝わる沖田の体温をやけに意識してしまって、心音がバクバクとうるさい。
背中越しに沖田にもそれが伝わってしまうのではないかと思うと、千鶴の頬は余計赤くなった。

顔を見られないように、と背中に顔を埋めて千鶴はバクバクと煩い心音を遮るように口を開く。


「うぅ・・・。お、沖田さんもうしませんから、御願いです。は、離して下さい」
「えー?どうして?君から抱き付いて来たんだよ?あ、千鶴ちゃん今顔真っ赤」
「えっ?・・・ど、どうして分かったんですか!?」
「だって背中熱いし」
「〜〜〜っ!あ、熱いって、そんなに赤くなる訳ないじゃないですか!」


それもそうだね、と呑気に笑う沖田に、千鶴はそこで漸く自分がからかわれていた事に気付いた。
自分でも頬がますます赤くなっている事が分かって、本当にこの熱が沖田にも伝わってしまうのではないかなんて、思ってしまう。


「あ、でも千鶴ちゃん」


そんな千鶴を尻目に、また何か思い付いたのか沖田は楽しそうに笑った。
顔は見えないから分からないが、きっとあの意地の悪い笑みを浮かべているのだろう。


「今度僕に抱き付く時は後ろからなんて止めてね」


え?、と千鶴が聞き返す間もなく、沖田は少しだけ身体をこちらに向けたかと思うと、千鶴の片手を離して、もう片方の手を強く引く。
体勢を崩した千鶴は、その誘導に誘われるがまま沖田の腕の中に身体を預けた。


「こうやって前から来てくれたら、いっぱい抱き締めてあげるから」


ね、と耳元で囁かれたその言葉に、何が起きたのか分かっていなかった千鶴は漸く己の現状を知る。
沖田は千鶴の顎に手を掛けて上に向けさせると、してやったり、と言うように口元に笑みを浮かべた。


「千鶴ちゃん、やっぱり顔真っ赤」









形勢逆転?
僕に勝とうだなんて100年早いよ、千鶴ちゃん





2012.06.16




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