オリジナル小説兼ネタ置場
□支えがあるから
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「じゃあ行ってくるから」
「気を付けて。家事のことは心配しなくて大丈夫ですから」
「うん、ありがとう」
とある日曜日。その日ブラウンは本来であれば仕事は休みだったはずなのだけど、バイトの子が腹痛で休んでしまい代理として出勤することになりました。
前日から知っていたので私は朝早く起きて彼の朝食とお弁当を作ってあげました。
いつもに増してテンションがた落ちの彼。分からなくもない。休みだって思っていた日が急きょ仕事になってしまうのだから。私たちからすれば日曜日に学校へ授業受けにいくのと同じこと…考えただけで気が重い。
余程ショックだったのか、朝食はほとんど食べなかった。いつもなら遅刻覚悟でも食べていくのに。
というか、彼はそこまで休日出勤を嫌うだろうか。今までにも何度か休日出勤はあったけど顔色ひとつ変えることなくやってきたのだから。何かいつもと違う?
ま、誰にでも憂鬱な時はあるということでその時私は気にもしなかった。
午後になり、私と千尋は夕飯のおかずを買いに近所のスーパーへ出かけた。
「夕飯何にしようか」
「ハンバーグ食べたい!!」
「えー、この前食べたばっかじゃん。あ、お魚安いから焼き魚にでもしようかな」
「……。じゃあなんで僕に食べたいもの聞くのさ」
「それもそうだね」
「むー。お姉ちゃんのイジワル」
話がまとまったところで(ほぼ強制)今夜は焼き魚に決まりました。けどこれじゃ千尋が可哀想なのでお菓子をひとつ買ってあげて帰路に着くことにしました。
基本千尋はなんでも食べるのであまり食べ物に文句は言いません。駄々をこねることも滅多にないので、そこが弟の良いところ。
夕飯のおかずが決まってしまえばあとは段取りが早くつくのでとても楽です。家に戻ってお風呂場の掃除をして洗濯物を取り込んでたたみ、夕飯の支度を始める。
うん、完璧。
「ただいま。…さてと、千尋お風呂場の掃除お願いしていい?」
「うん、やる」
「よし。じゃあ掃除終わったらホットケーキでも焼こうか」
「!! 僕きれいにするから。ピッカピカにするからね」
可愛いやつ。
「期待してるよ我が弟くん」
ブラウンの自宅に居候させてもらうと決まった時、私は千尋と自分が出来る家事は嫌がらずに徹底して手伝おうと約束を交わしました。
居候の身ということは千尋も理解しているらしく嫌な顔せず約束を果たしています。なるべくブラウンに負担をかけないように…。あくまでも私たちは居候。部屋の主に迷惑をかけないようにするのは当たり前です。
「そうと決まればお姉ちゃんは洗濯物を取り込むか」
私がベランダへ向かおうとした矢先、一本の電話が鳴り響きました。
「お、電話電話。…もしもし。………あ、こんにちは」
電話の主はブラウンが働いている引っ越し屋の社長さんである狐の獣人、シノさんからでした。
「……え。………はい、………はい。そんなことが……はい。分かりました。すぐに行きます。はい、失礼します」
「お姉ちゃん? どうしたの?」
「千尋。出かける準備して。病院に行くよ」
「びょういん?」
「ブラウンが倒れたって」
彼が搬送された病院に到着。
受付にて看護婦さんに病室の確認をして案内してもらった。
「こちらになります」
ネームプレートを見ると確かにブラウンの文字があった。間違いない。
私は千尋の手を強く握りしめ、扉の取手に手をかけた。
この感覚、この緊張感、あの時と同じ。まるで…。
「あ、有希ちゃん。千尋君も」
ガラッと扉を開けるとそこにはいつもと同じ彼がいました。
上半身だけ起こして点滴さえしていますが別に外傷といった場所は見当たらない。
「やぁ、突然の電話でびっくりしただろう。悪かったな…」
彼の勤務先の社長、シノさんが私たちに状況を説明してくれた。
午前中からブラウンがあまり体調が良くないと気付いたシノさんが身体を少し休めるよう指示をしたそうです。しかし、ブラウンは指示には従わずあともう少しだからと言い休憩をせず荷物運びに没頭していたらしい。お昼になり、各々昼食を取ったそうですがブラウンだけほとんど食べなかったそうです。
「話を聞いたら朝飯も抜いたとか言ってたからな。体調が良くないなら無理せずに帰っていいと言ったんだが、聞かなくて…そのまま急に倒れちまったわけだ」
なんでも熱があったらしく、搬送中は意識を失いかけていたそうです。食欲がなかったのはきっとそのせいだ。テンションががた落ちだったのは体調が良くなかったから…。うん、それなら説明がつく。
「ごめんなさい、不調に気付いてあげられなくて」
「なっ、有希ちゃんのせいじゃないって。これは俺の体調管理の問題なんだから」
「全くだ。この子たちに心配かけやがって。体調が良くないなら倒れる前に休め。自己管理は自分自身にしか分からんだろう。少しは反省しろ」
「いてっ」
シノさんがブラウンにコツンと頭に拳骨を落とした。
ブラウンにとってシノさんはお兄さんみたいな存在で、仕事以外にも相談や愚痴も聞いてくれるとても他人思いの狐さんです。怒ると手をつけられなくなるほど怖いそうですけど私たちは見たことありません。厳しさもあるけど優しさもある頼れる存在です。
無論、私たちにも同じ。初めて会った時はびっくりしたけど、話してみると違和感なく馴染めた。千尋も警戒心を露にしていたけど、何度か会うたびに心を開いていった。今では…。
「ん、…おぉ千尋君か。ほんとに君は俺の尻尾が好きなんだな?」
「あ、こら。千尋やめなさい。シノさん困ってるでしょ」
「いや別に大丈夫さ」
彼の尻尾をぎゅっと抱くように触るのが好きらしく会ってはこのようにしています。本人からすればありがた迷惑だろうに…。けどシノさんの人柄上嫌がりはしない。むしろ尻尾を動かして千尋と戯れている。ほんとにいい人(狐)。
「嫌だったら嫌って言ってくださいね。すぐ調子に乗るんだから」
「元気があって何よりだよ。男の子はやんちゃでこそ男の子だ」
「シノの尻尾好きぃ〜」
「お願いだから羽目を外さないでよ…。ブラウンは退院出来るの?」
「とりあえず今日一日だけ入院して様子をみるって」
「そっか。じゃあ今日は帰れないね…」
「ブラウン一緒に帰れないの?」
「うん。ごめんな千尋」
「でも、何事もなくてよかった。ほんとに…」
「悪かった…迷惑かけちゃって。…有希ちゃん?」
自分でも分かってはいる。私は決して強くはない。涙脆いんだって。流すまいと言い聞かせても涙がポロポロと溢れる。弟には強くなれと言ってばかりいるけど姉である私が泣いていては情けない。
「ごめん、なんでもない」
気づかれる前に涙を拭う。
別に悲しいとかそういう感情ではない。自然と涙が出てきてしまう。きっと何でもなく安心したからなのかな…。
ブラウンの前で何度も泣くなんて出来ないから。
「ブラウン、大丈夫!?」
突然部屋の扉が開いたと思ったら、そこにいたのは息を切らしながら駆けつけたであろうさつきおばさんの姿があった。
「あぁ、何があったの。怪我したの?何処も痛くない?こんな弱々しくなっちゃって。私凄く心配したんだから。近所の人とお茶してたらシノさんから連絡があったのよ!!貴方に何かあったらもう何も考えられなくて、お願いだから無茶しないでよ」
「え、あの。…スミマセンでした」
マシンガントーク並みに喋ったと思ったら大きなため息をひとつ吐き、見舞い人の椅子に腰をおろし、落ち着きを取り戻した。
おばさんも彼にとっては大事な人の一人みたい。なんでも彼が記憶を失って初めて会ったのがさつきおばさんらしい。行き場のないブラウンをお世話してあげたみたい。けどそれはまた別の話。
「ブラウン君、生きてるかい!?」
またまた扉が開いたと思ったらそこには白衣を着た青年とその背後に眼鏡をかけた長い髪の女性がいた。
「生きてる?あー、よかった生きてた。心配したよー。生きて会えたお祝いに抱かせてねぇ」
「うわ、榎本さんマジ勘弁」
青年の名前は榎本さん。マンションの隣人です。毎日家で怪しい実験とやらをやっている何かとアブナイ人。ブラウンを特に実験の対象にしたいらしく時折ストーカーらしき行動をしてきます。
「今なら彼をあんなことやこんなこと出来る…!!」
「榎本さん、心の声が出ちゃってますよ。…俺すごく不安なんすけど」
「ブラウン君、これあげる」
眼鏡をかけた女性がブラウンに何かを渡した。
彼女も同じマンションの住人で、名前は上野ナツミさん。占い師をやってます。
「…ナツミさん、これ」
「お守り」
「いやいや、これ藁人形だよね!?」
「可愛いでしょ? 自分の名前を書くと効き目上がるよ」
「呪われるっ!!」
ナツミさんは個性が強すぎてよくわからないです。なんて言うか、…よくわからないんです。
趣味は首吊りだそうです。趣味ですよ趣味。
悩み事、相談事があったら彼女までどうぞ。もれなく首吊り体験ができます。
今までたらい回しにされてきたけど、今回は何か違うような気がする。こうやって大きな出来事があっても周りの人たちが支えてくれている。おばさんのマンションに来る前は考えられなかった。
これが他人の温かさなのかな。
「有希ちゃんたちも困った事があったら言いなよ。力になるから」
「そう。シノさんの言う通り。遠慮しないでどんどん言ってよ。おばさんが助けてあげるから」
うれしい。けれど…
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