Story
□ショートケーキストーリー
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軽く返事をしたはいいが、俺は何故だか三ツ谷といると落ち着かないのだ。ゆっくりと言葉をかわすこともまず無い。
淳也さんは男前な渋い顔立ちだが、三ツ谷はどちらかと言うと甘い顔立ちをしているようにも思う。
パティシエのくせに茶髪なんて仕事をナメてるのかって一度食って掛かったことがあったが、本人にあっさり”地毛だから”とかわされてしまった事を思い出す。
俺が知っている三ツ谷のことなんて本当に少ない。
少したれ目がちであること
実は店の女性客から密かに人気があること
無口無表情であまり表情の変化が無いということ
本当にそれだけしかしらない。
あとは、アイツの作るケーキや菓子は俺の珈琲の味とよく合うということだ。
まぁ、俺はプロのバリスタだ。三ツ谷の菓子でなくても、他のパティシエにあわせろと言われれば当然できるのだが、三ツ谷の菓子と俺の珈琲の味は恐ろしくなるほどの相性の良さなのだ。俺も初めてケーキと珈琲をセットで味わった時に驚いた。こんな偶然があるのかと。
その日も何時もどおり定時に店を後にしようとロッカールームで着替えていると、壁の向こう側からガンと壁に何かがぶつかるような音が響いた。
セーターに顔を突っ込んだ状態だった俺は驚きのあまりそのままビクリと飛び上がった。
「なっ…なんだぁ?」
ロッカールームの壁を挟んだ場所が厨房になっている。昔から立っているこの店では隣あった部屋同士の音がかすかに聞こえることがよくあった。
着替えを済ませ、愛用の鞄を肩にかける。休憩室とは別に薄暗い廊下を照らす人口的な光を見るのは何時ものこと。けれど、更衣室で聞いた壁に何かがぶつかったような音がやたらと気になった俺は、厨房の扉にある丸窓から中の様子を覗き込んでみた。
蛍光灯の明かりに照らされた厨房には、完成したらしい試作品と思わしきフルーツタルトと、それとはまた別に未完成であろう真っ白い生クリームをコーティングしただけのシンプルなケーキが一つ。
厨房の丸イスにだらりと座り、前かがみに膝上で手を組んでいる三ツ谷がいるだけだった。
未完成なまま1切れ切りとられたその白いケーキは一口ほど三ツ谷が味見したようだ。
しばらく厨房の様子を伺っていると、店と厨房を繋ぐ扉が開きオーナーである淳也さんが厨房に入ってきた。
皿に1切れポツリと乗せられた食べかけの白いケーキにサクリとフォークを入れた淳也さんはそれを口に運ぶ。
口の中に入れ暫く考えた後ゆっくりと三ツ谷の肩に手を乗せ
「…まだ出す気になれねぇのか?ショートケーキ…」
そう口にしたのだった。
あの白いデコレーションされていないケーキはショートケーキの試作品だったらしい。
三ツ谷は俯いたまま、静かに首を縦に振った。
「お前まだ拘ってんのかよ?美味いって何度も言ってんじゃねぇか。いい加減毎日毎日試作品と一緒にショートケーキ食わされる俺の身にもなれよ。」
大きなため息を付くと、淳也さんは包丁の入れられていなかったフルーツタルを切り分けて2つの皿にそれぞれ盛り付けた。
手をつけない三ツ谷を尻目に淳也さんはそれをぱくりとフォークで口に運びじっくりと味わうように咀嚼を繰り返した。
「ん。こっちも良い出来なんじゃね?洋ナシも柔らかすぎない。」
うちの店では月ごとにオリジナルのフルーツタルトを紅茶とセットにして出している。どうやらそれの試作品だったようだ。
それにしても驚いたな。まさか三ツ谷のヤツ…ショートケーキ作ったことあるんじゃねぇかよ。しかも毎日だと?何故店のメニューに無いものを閉店後に?
ぼんやりと2人を見ていると、パチりと淳也さんと目が合ってしまい、覗き見をしていたのがバレてしまった俺は慌てて駆け出した。
淳也さんは知っているのだ、三ツ谷が何故ショートケーキを店で出したがらないのかを…。
じゃあ何で俺に隠す?俺がパティシエじゃないからか?
「確かに三ツ谷はパティシエだし、淳也さんも元とは言えパティシエとしても有名だった…。つか、あの2人てっどういう知り合いなんだろう?」
淳也さんが店をついでしばらくは淳也さんがケーキや菓子を作りながら店を運営していた。先代もそうだったためだ。
しかし、ある日淳也さんが三ツ谷をつれてきたのだ。専属のパティシエとして。
その時、俺は抗議したのだ。「この店のオーナーは淳也さんであり、パティシエとして菓子を作るのも当然淳也さんだ」と。
でなければ、俺がバリスタを目指した意味が無い。…まぁ、珈琲そのものも好きだったんだけど…。
しかし、淳也さんはこの店を継ぐときにもうパティシエを引退すると決めていたと言ったのだ。
俺は酷くショックを受けたが、この店が好きなら変らず俺についてきて欲しいと言われ、しぶしぶ頷いたのだった。
俺の記憶をたどる限り、三ツ谷に関する一番古い記憶はコレであろう。
「……俺だけのけものかよ!」
なんだか面白くなくて、俺はどかどか音が鳴りそうなくらい地面を踏みしめて最寄駅までの道を歩くのだった。