†ラグナロク神界編†

□目覚め
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 眠っている金髪の少女は灰色の老人がじっと見つめた。
「フレイア」
「ここにいます、オーディン様」
 空な器は、魂が入らなければ動かない。痛々しいまでに機械のコードに繋がれホルマリン漬けにされているのは空気に触れただけで腐敗してしまうからだ。
「時がきた」
「では・・・」
「スクルドの魂を呼び戻せ」
 美しい美女は、優雅に一礼をし、美しい唇をオーディンの手の甲に口づけた。
「ウルドとヴェルダンティの魂も呼び寄せて念の為に保管した方がよろしいでしょうか?」
 フレイアは鳶色の髪を後ろにまとめながら、オーディンに聞いた。その問いに不敵な笑みを浮かべ頷いた。
「念の為に頼もう」
 その言葉を聞いたと同時に目の前から消失した。
「だけど彼女らは拒否するでしょうけど」
 ぼそりと聞こえない程度に呟いた。

†††††††††

 ある小さな村では、内戦で今も殺しあいが起こっている。民族の対立。昨日までは笑って話をしていたのに今日には敵となり殺しあっている。その事に嘆き悲しみを抱き、何が起こっているのかが分からず困惑していた。しかしこれから起こる事に恐れを抱いている。昨日まで共に笑いあっていた人間が、今日には敵同士となって互いを憎みあっていた。廃墟から隠れながら、銃を構えて獲物が通るのを待ち構えていた。そして期待通りに獲物が現れた。傷だらけの顔をした金髪の少女がずかずかと進んでいく少年の腕を、掴む。
「リオ・・外に出るのは危ないよ」
 金髪の少女の声は恐怖で震えていた。
「クラリス、あのな大人だと殺されるから僕たちが食料調達にきたんだ」
 だから大丈夫だよと安心させようと微笑した。実際、子どもが殺された例はまだなかったからそう思っていた。でも・・・とクラリスは不安な顔をして何かを言いかけた。クラリスには、頭の中にずっと何か不安が余切っていた。リオが何か口にしようと開いたが銃声が鳴り響いた。クラリスの視界には明確なヴィジョンが映し出された。
 自分は彼を守って死ぬ。1発の銃弾がリオに向かって当たりそうになった。全てがまるでスローの様に遅く感じられた。リオをとっさにかばい、地面に押し倒した。何が起こったのかよく分からなかった。自分の上体を起こそうとクラリスを避けようとし、生暖かくぬるりとした感触があり、嫌な予感がしながらも自分の手を見ると真っ赤な血がついていた。
「―っ!」
 この渇ききっていないものは何なのか、誰のものなのか解らなかった。いや、受け入れがたい真実だった。余りの衝撃に体が動かなかったが、自分の上に倒れている少女の肩を掴み、顔を覗きこんだ。
「うわーーーっ」
 あまりの衝撃に悲鳴をあげ、思わず吐いてしまう。どんなに揺らしても名前を呼んでも動かない。クラリスを抱きかかえ走った。
「うっ」
 クラリスはリオをかばい、背中から撃たれていた。瞳孔が開き、何も写し出していない目をしているのに、なぜか自分を見ている気がしてならなかった。
「誰か!誰か助けて!お願いだから!!」
 クラリスを抱き上げながら叫んだ。だが誰からも反応はかえってこない。リオの泣き叫ぶ声に狙撃手が照準を合わせる。後は引き金をひくだけだ。手にかけた時、後ろから甘い艶のある香りが鼻孔をくすぐった。なんだと思い、後ろを振り返ろうとすると白い腕が首に回された。
「あの子どもも殺してはダメよ」
 耳元で囁き甘噛みをして息を吐いた。男の背筋はぞくりと鳥肌が立ち、思わず唾を飲み込んだ。女は男を振り向かせると金色の双眸を細め、妖艶に微笑み男の頬をなぞる。それだけの事で、男の下腹部が反応する。健康的で白い肌、先程の興奮もあり男は美女をそのまま押し倒そうとした。
「あなたは私のものになるのだから、焦らないで」
 艶のある声音が男の目の焦点が合わなくなり虚になってきた。
「あの少年のところまで私を連れて行って」
「はい」
 いい子ねと誉めて唇を軽く重ねてから立ち上がり、ドレスについた埃を軽く払い落とした。
「さぁ、行きましょう」
 こくりと頷くと男は巨大な猫に変化していく。フレイアは、猫の上に座り頭を撫でた。それが合図の様に鳴き声を出して進みはじめた。

†††††††††

 リオはクラリスを抱きかかえながら地面に膝をついた。あの時のクラリスに対して言った言葉を思い出していた。
『大人だと殺されるから子どもである僕たちが』
「あ・・・ああっ!」
 嘘だ。自分の言った事は全部嘘だった。こんな結果にならないと高をくくり甘く見ていた。もしも・・そんな認識でなければ、クラリスは生きていたのではないか?そう思うと自分の判断が、許す事が出来ない。
「あなたの考えは確かに甘かったわ。だからと言って、この結果を防げたかといえばそうでもないわ」
 優しく甘い香りを漂わせながらリオの目の前に降り立つとリオの視線に合わせる様にしゃがみこみ、涙を拭ってやった。
「それでも俺が・・」
 フレイアはしっとリオの唇に手を触れた。
「もういいの。忘れなさい。辛い事に目を背けて大丈夫よ」
 にっこりと優しく微笑みかけた。
「クラリスだって悲しい思い出としてあなたの中に残るのは辛いと思うから」
―ありがとう
 死んだ筈のクラリスが微笑んで礼を言った様に見えた。ふと天使の様な真っ白い羽根が無数に飛び交い、リオの視界を真っ白に染めていく。
「・・あれ?」
 自分はなぜ泣いているのか覚えていなかった。だが、どこかぽっかりと何かがあいてしまった気がする。何か忘れている様な気がしてならない。白い羽根に埋めつくされ自分の姿が見えない。

†††††††††

《うまく刷り込んだか》
「ええ」
 これから起こす事の為に、色々と細工をしてきた。もし解ったらスクルドは、ロキはどうなるんだろうか。ただでさえ、不安定な精神は更に悪化するだろう。スクルドも恐らくそうなる。
《どうした?》
「・・いえ、ただ・・私たちのしている事は傲慢な事をしているのではと思えて」
《神だからな》
 嘲笑しながら吐き捨てる様にオーディンは言った。そう傲慢なのだから自分も、彼らの記憶がきっかけひとつで解ける様にした。その時、どうなるのか考えると楽しくて仕方がなかった。
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