†ラグナロク神界編†

□†chapter.1†
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「ひとりを破壊するは法によって殺人者である。…何千という人間を殺害するは見かけのよい名を与えられる。戦争は栄光の技術であり、不滅の名声をあたえる」
−エドワード・ヤング 「名声の愛」

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 −3日前。キエフ王国の中にあるバラノフ王朝という国にスクルドは人間として舞い降りた。ここは、貧困層がなためか、服はぼろぼろの布切れ1枚に裸足で走り回る子ども達。家もなく地面に座り込んでいる子、飢えで死んでいる子たちなどが多くいる。それのほとんどは無力な子どもか老人だ。遺体は衛生面上、無造作に担架の上にのせられ、大きな穴に放り込まれ埋められていく。下界ミッドガルドの現実なのだろうか。ここから立ち去ろうと足を速めたところ、子どもが勢いよくぶつかってき、尻餅をついて倒れた。
「いたた・・・」
「大丈夫か?」
 心配気に眉を顰め手を差し伸べると、少年は思わずその伸ばされた手を、払いのけた。
「余所見するなよな!!」
 そう言い放つと、さっさとその場から逃げる様にして走り去った。驚いたように呆然と見やってからスクルドは立ち上がり、歩き始め何気なしにポケットに手を入れた。
「ない」
 見事、財布を盗まれた。やられた、と小さく舌打ちをした。

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 青白い光を放ち、人の姿から本来の姿に戻り青の鎧を身に纏い白い羽をはためかせ上空を浮き、下を見下ろした。
「財布を盗まれるなんて、お馬鹿ね」
 クスクスと可笑しそうに笑いながら、スクルドの目の前に現れたのは鳶色の腰まで長い髪の絶世の美女、フレイアだ。フレイアは、金茶の双眸を細め猫の様に喉を鳴らして笑っていた。
「油断しただけだ」
 口を尖らせて主張したスクルドにフレイアは意地悪気な目で見た。
「油断、ね」
「何しにきたの」
 嫌そうに眉を顰めて尋ねてくるスクルドにフレイアは、あぁと思い出したかのように手をぱんと叩いた。
「オーディン様がなるべく英雄選定を早めて欲しいとの事よ。ラグナロクが日に日に近くなっているから・・阻止をしないと」
「・・・余計、私は死神と呼ばれそうだな」
 ヴァルキリーが来るとこに不幸と死者が多数出るという風に忌み嫌われる事が多い。流石に、それにはげんなりとしてはいる。だが、これも来るべき日に備えての事だからだ。気を鎮める為、目を瞑り精神を集中させた。
《生きる為にはこれしかないから》
《ごめんな》
《死にたくない!》
《うう・・・置いていかないでよ・・》
 聞こえた。これから死ぬ魂の声が。場所も特定できた。静かに目を開け視えた場所に向かった。そんな姿を黙って、フレイアは見つめていた。
「あの時の様な失敗はしないでね、大事な時期なのだから」
 あの時の様に罪を犯し、人間に魂を封印されない様にしなければ。あの時の失敗?なんだったのか覚えていない。フレイアは、しまったという気まずい表情に顔を強張らせ苦笑し、逃げるように消えていった。

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「よーしっ!今日の稼ぎは結構だな」
 少年は嬉しそうに盗んだお金を袋につめた。他の少年や少女は、何か言いたげそうに口を開いた。
「そのお金どーすんのさ!」
「俺たちの金だぜ。俺たちで使おう!」
「駄目だ。クレマの婆ちゃんにもパンとか買ってあげないと。ずっと見ず知らずの俺たち孤児を養ってくれた人だし身体も悪いから薬も買わないと」
 その名前を出すと、皆が口を閉ざしそうだよねと静かに頷き納得した。
「婆ちゃん!」
「おやおや、ランダにミカ、それにクリス。今日はどうしたんだい?」
 嬉しそうに抱きついてきた子ども達を優しく抱き返した。3人は顔を合わせて嬉しそうに、パンと薬を出した。
「これ、バァちゃんにと思って!」
「あたしたち頑張ったんだ!」
「でも・・これは・・・一体」
 心配気に子ども達をみやるクレマの祖母にランダが優しく手を添え微笑し首を横に振った。
「いいから受け取って。僕達をここまで育ててくれた事への感謝だから、ね?」
 それでも心配そうに見つめてしまう。このお薬は、明らかに大金だ。こんな辺境で何もない場所で一体、どうしたら入るのだろうか。問い詰めようと口を開きかけた時だった。
「ばぁちゃん、この人が路頭に迷ってたから家に来いってつれてきた」
「クレマ・・」
「こんにちは」
 赤毛の少女、クレマの後ろから現れたのは金髪を後ろで結った青い双眸をした女性だった。クレマの祖母は、いらっしゃいとにっこりと微笑んで挨拶をした。クリスは、その声に聞き覚えがあり首を傾げながら後ろを振り返った。
「げっ」
「・・・・」
 それは、先程財布を盗んだ女性だった。女性も、微かに眉を顰めたがすぐに表情を元に戻した。なんと奇跡的な再会か。女性は、ぶん殴ってやりたくて仕方がなかったが、状況が状況なだけになんとか耐えた。クレマの祖母は不思議そうに引き攣っているクリスと無表情の女性を見比べた。
「お知り合いなのかしら?」
「あ〜」
「ええ、先程すりに合いそうな所を彼に助けてもらっただけです」
 クレマの祖母はそうなのと素直に信じ、クリスにいい事をしたのねと誉めた。だが、心中穏やかではないクリスは素直に凄いだろうなど言えなかった。
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