basara

□さむざむ
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『寒い』

今朝何度目かの同じ台詞を呟く。


季節は冬。
草木は鎮まり、あれ程元気に辺りを駆け回っていた動物達も、今は見掛けなくなった。

大阪の冬は寒いもので、慣れないななしは毎朝このしんしんとした寒さに悩まされていた。


『…寒い』

また同じ台詞を呟き、冷たい、長い長い廊下を歩く。



厠までの道程は、まだまだ長い。


さむざむ

やっと用を済ませ、寒い寒い帰り道を歩く。
気付けば目の前に見知った後ろ姿があった。

『おはようっ』
ドスッ。言いながら背中にタックルをかませば、ぴくりとも動じない姿勢の良い後ろ姿はその儘で。

「…どうした」

首だけこちらを振り返り、彼が問うた。
相変わらず姿勢を崩さない。

『寒いね』
「その様な弱音を吐く暇が有るなら豊臣に費やせ」
『三成は寒くないの』
「一々そんな低俗事、気にしていられるか。働け」
『でも、三成手冷たいよ?』
「知るか」

いつまでも素っ気無い彼の態度に、業を煮やした私は小さな加虐心に駆られた。
後ろから抱き着いた体制のまま、冷えて動かせなくなる程悴んだ手を、するりと彼の着物の衿から滑り込ませる。

『えいっ』
「ッ―き、貴様!!」

びくりと相手の肩が震え、達成感と満足感を得る。
嬉しさから更に彼の胸をまさぐる。

「おい、止せ!離せっ
退け!去ね!去れ!退ざれ!散れ!消えろ!」
『そこまで…』


「やれ、朝から五月蝿いのがよく騒ぐ」

ギャンギャン二人で騒いでいたら障子の奥から声がした。

「刑部、こいつを何とかしろ!」
『酷い!三成が先に冷たくしたんじゃない』
「そう騒ぎなさんな。そこは冷える、こちらに来て暖まりやれ」
「『…、……』」

障子越しに窘められ、二人は遣り切れない顔をしながらも大人しく部屋に入った。


『…火燵?』

そこには火燵と、それに入り暖を取る刑部の姿があった。
ちょいちょいと手招きされ自分達も入る。

「…」
『…暖かい』
「そうであろ」

ヒヒ、と嬉しそうに笑う彼を見て、釣られてへらりと笑えば、次第にもやが掛かってくる意識。

遠くなっていく鳥の声を聞きながら、睡眠の甘い波に飲み込まれた。


(やれ、やっと寝たか)
(…こんな早朝から騒ぐからだ)
(しかしまあ、寝てれば可愛いものよ)

 

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