basara

□桃と節句
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「ねえ…藤色さん、」
「なに?」
「…ほら、お花がすごく綺麗」
「そうだね」



季節は春。
といっても、まだ肌寒く、ぽかぽかとした陽光のぬくもりは吹き付ける風に掻き消された。



さあさあと、そよぐ木々が音を立てる下、私と市は花見をしていた。

お茶やお菓子といった、女の子らしい気の利いたものは用意できなかった。けれど、それでも良いわと市はふわりと笑ってくれた。



今は、ほとんど何も覚えてはいないみたいだけれど、彼女の笑顔は変わらなかった。



「…藤色さん」
「ん?」
「…市、どうしても、あなたのこと思い出せないの…」
「…うん」
「……でもね、これだけは言えるわ」


さあっと一際強い風が吹く。
私と市の間を通りすぎていったそれは、花びらを巻き上げ、目の前の彼女の長い艶やかな髪で遊んだ。

とても心奪われるその光景に、胸の奥がとくんと音を立て、目が離せなくなった。



同じ女であるにも関わらず、自分でも頬が紅潮していくのがわかる。


辺りを舞う花びらのような桃色の目元、唇。
それらを見ていると相手と目線が絡んだ。

瞬間、息が詰まる。



「…市、あなたといると…心の奥がね、すごくぽかぽかするの」
「ぽかぽか…?」
「うん。…すごく、暖かくて、優しいの」


そう言って、市は自分の胸に手を置いた。


「なんだかね、藤色さんを見ていると…懐かしい気がするの……とても落ち着いて、でも、ドキドキしてね」
「うん、」
「…きっと…市にとって、藤色さんは…すごく大切な存在だったのね」




ふわりと良い香りが鼻先を掠め、抱きしめられたことに気付いた。

「い、市っ?」
「ふふ…藤色さん、あったかい」


ふわりと笑う彼女に、また胸の奥が音を立てた。




 

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