桜の夢は散りやまぬのに
□牛乳瓶
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全ての原因は、私に学級委員をやらせた春樹にあった。
「つー訳で、学級委員二人は放課後残って座席表書いておくよーに。頼んだぞー」
担任が私と春樹にそう告げたのは昼休み、友達とお弁当を食べていた頃の話だった。あのハゲウスラトンカチ担任はもう後期が始まるという時期に今更座席表などというものを書かせようとしているのである。えー、と力いっぱい眉間に皺を寄せて抵抗したのに、ハゲウスラトンカチはチラッと見ただけでスタスタと逃げていきやがったのだ。
亜由美(アユミ)、どんまいだよ。友達がおかしそうに笑いながら言ったけど、そんな風に言われて嬉しいとはとても思えないのだった。
「ふぁ……あれ、柏原の隣って誰だっけ?」
「田中だよ」
「あ、そうだったそうだった」
そして放課後。私は学級委員長吉村春樹(ヨシムラ ハルキ)と向かい合いながら座席表を埋めている。
夕焼けに染まった教室は、壁にかかった時計も、相合い傘の書いてある黒板も、後ろに貼ってある「今年の抱負」も全てを一つにしようとしているかのようだった。私と春樹以外は誰もいない教室の中は、校庭にいる野球部の声も時々廊下を走って行く在校生の噂話も全てを遮断したかのように静かだった。
「藤田の隣は?」
――――あれ?
「おい亜由美、聞いてんの?」
「ねえ、この机元々牛乳瓶置いてあったっけ」
「え、俺一番最初にツッコンだじゃん。聞いてなかったの?」
そうか、お前、私が座る前からあったのか。
私は机に顎を乗っけて、目の前の空の牛乳瓶を眺める。夕日が反射したそれはとても綺麗だ。あ、春樹の顔が歪んでる。
「おーい、藤田の隣誰だって聞いて……あ、三田だ。思い出した」
彼はスッキリした顔でシャーペンを紙の上で滑らせる。コツコツコツ。うん、いい音。
「出来たぞ、亜由美」
シャーペンを倒すと、不思議そうに牛乳瓶越しに私を眺める。そんな仕草が可愛らしくて、何だか……。
「変な顔」
「……お前も歪んでんぞ」
「――嘘っ?!」
パッと顔を上げて、数秒固まるとまたさっきの姿勢に戻る。
そうだ、彼も牛乳瓶越しに私を見てるんだ。
「当たり前じゃない」
「バーカ」
屈託のない笑顔とは、彼の笑顔の事を言うのだろう。夕焼けに染め上げられて、可愛らしさが倍になっているように思うのは、私だけだろうか。牛乳瓶越しに見ると、彼のたれ目が余計にたれて見える。
「ねえ、春樹」
「んー?」
彼は、眠たげな目でこちらを見ている。否、歪んでるだけかも。
「好きだよ」
全ての原因は、私に恋をさせた春樹にあった。
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