短編集

□風邪の功名
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「大丈夫か、音姫?」
「うん、なんとかね。心配かけてごめんね」
「なァに、気にすんなヨ」

 Black Cherryの2階で、頭に濡れタオルを置きベッドに横たわっている音姫は、見ての通り風邪を引いていた。ここはスラムといえども、空気はそこまで汚れてはいない。創龍は音姫のベッドに腰をかけ、タオルを変えてやり、バスタオルで彼女の身体の汗を拭いてやる。

 絹のように繊細で滑らかな肌。それを傷つけないように慎重に拭いてやる。びっしょりとタオルが汗で濡れ、創龍は水を汲んでくる、といって台所に降りて行った。

「創龍くんに、身体、触られちゃった」

 想い人の創龍に、ここまで気にかけてくれることなどそうそうない。当の本人はそんなことをいちいち気にせず、ただただ看病をして、音姫を治してやるのに一心だろう。少しして、悠李がペットボトルに入った清涼飲料水とゼリーをベッドの上のテーブルに置いて、くすりと笑ってやった。

「父さんと更に仲良くなれると良いですね、"母さん"」
「悠李くんったら……」
「冗談抜きでそのチャンスですからね、音姫さん」
「キリエさんまで……」

 音姫の恋の背中を押すは、彼の相棒と義理息子。病人は流石に優しくしてくれる創龍の心を掴むチャンスだということは一目瞭然だった。

 悠李とキリエがニヤニヤしながら部屋を出ていく。思えば、この便利屋に住みはじめてからちょうど2年くらい経つのか。少しの進展も流石に期待したいところであるし、義之や由夢達からもひたすら応援されている現状、今はくっつく努力は惜しまない。

「水、入れてきたぞ」
「本当にありがとう、創龍くん」
「礼よりも早く治れよ。風見鶏の授業も追いつかなくなるぜ」
「うん、そうだね」

 創龍はベッドに腰掛け、音姫にそう話した。少し顔を近付ければ、創龍の唇を奪えそうな位の近距離。どうせ彼は病気知らずなのだ、思い切ってやってしまえ。

 何の前触れもなく、音姫は創龍の唇目掛けて顔を近付け、キスしようとした。空気でそれを察知した創龍は、手の平で音姫の唇を受け止める。

「風邪を移す気か?」
「……どうせ、風邪とは縁がないくせに」
「どうせ、ッてなンだよ」
「だって、免疫機能は並外れじゃない」
「ハハハハッ、ちげェねェ」
「だから、いいでしょ?キスしても」
「嫌だね。治してからじゃねェと相手してやンねェよ」

 意地悪な彼。創龍がガハハと笑いながら、音姫のキスを拒む。チェッ、と音姫は残念がった。仕方ない、と創龍は言うと、彼女の前髪を掻き分けて、額にキスをくれてやる。

「これで我慢しろヨ」
「……うん」

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