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□mistake
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「銀さん最近どうしたんだよ?」



隣に座る長谷川さんが、俺のグラスに酒を注ぎながら尋ねてきた。





「どうしたって・・・何が?」


注いでもらった酒をぐっと煽ると少しめまいがした。


「何がって、最近よく飲むなぁって思ってさ」


「・・・そうか?」



「そうだよ。ここんところ誘っても全然乗ってくれなかったのに、最近はノリノリじゃん。それにちょっと元気ないしさー」


「・・・・。」



「そういや一週間くらい前からだな。何何?
どうしたの銀さん。俺だったら悩み聞くよ?もう人生の落とし穴をほとんど経験したようなもんだからさ。もう何でも相談乗れる気がするわけよ。」


自分のグラスをどんと勢いよくテーブルに置いて長谷川さんが話を続ける。



「まあ銀さんにはいつもお世話になってるし、ほらほら言ってみな。楽になるから。あ!もしかして失恋か?」


「・・・・。」


「まあ銀さんはそんなんじゃへこむ質じゃねェしなァ〜・・・うーん・・・」



あれでもないこれでもないと一人ぼやく長谷川さんを横目に俺はまたグラスに口をつけた。



銀さんだってね、失恋したらへこむんだけど




なんて心の中で呟きながらちびちび口に酒を含んだ。




「モテないっていうのも前々からだしなー・・・」


「うるせーよ!だいたいそんなことお前に相談しても何も変わんねえよコノヤロ―!」


「まあまあ落ち着いて、じゃあそうだなぁ、・・・あ!もしかして「あの子」のことか?」


「ぐっ!」


さっきまでちびちび飲んでいた酒が器官はいってむせた。


「オイオイ銀さん大丈夫か?!吐くならトイレ行ってくれよ!」


冗談交じりに笑いながら長谷川さんが俺の背中を擦る。



「なんだ、最近元気がなかったのは「あの子」の所為かァ〜・・・まァ難しい年ごろだしなぁ〜」


「・・・。」


「最近じゃ彼氏が出来たって噂もあるからなぁ〜」


「・・・そうだな。」


ゆっくりグラスを置いて目を閉じた。


「まあ俺としても寂しいな。可愛かったし、何より人懐っこい感じがあって。」


「・・・・。」


「もうビデオ出てくんねェのかなァ」


・・・ん?



「もうあのプレイがみれないなんてなぁ」


・・・え


「次から誰の買えばいいのか困るよなぁ」


「・・・あの・・・長谷川さん?「あの子」って誰の話?」


「え・・・だからあれだろ?モモエちゃんの話だろ?」


「モモエって誰の話してんだアァァァ!」

「モモエちゃんだよ、モモエちゃん。AV女優の。この前銀さんに貸してあげたじゃん。
もうモモエちゃんAVに出ないっていう噂があってさぁ。俺としてはかなりショックな訳よ。・・・って銀さんそういえばあのビデオ返してくれてないよね?」


「悪い、ちょっと気分悪いんで帰るわ。」



「え?ちょっと銀さん?もうビデオいいから御勘定は?!ちょっとォ?!」








*   *   *   *







一週間前のことだった。




その日はやっぱり仕事もなくて、パチンコに行った帰り道、その辺を何をやるでもなくぶらぶら散歩していた。



「っと!」


子供が俺にぶつかってきた。
どうやら鬼ごっこの途中のようだ。
後ろからも子供の声がする。


「あ!ごめん!おっさん!」


「誰がおっちゃんだァ?お兄さんだろお兄さん!」


「うっせークソジジイ!」


「んだとこのクソガキ!!」




あっかんべーをしながらその子供は走り去って行った。




やれやれ最近のガキは教育がなってねェなァなんて呟きながら、うちの小娘のことを思い出した。




アイツのことだ。今日も公園で缶けりなんかして大人げもなく年下の子を泣かせているんだろう。



アイツの勝ち誇った顔浮かんできて、ふっとひとりで笑ってしまう。



「まあちょっと覗いてやるか。」



もうすぐ夕方だし、迎えついでにアイツの顔が見たくなった。



















「あ!」




いたいた。





公園に着いたとたん、アイツのトレードマークの赤いチャイナ服が目に飛び込んできた。


他の子達はもう帰ってしまったのか、
こちらに背を向けて一人で突っ立っている。



きっと俺が迎えに来たと知ったら嬉しそうな顔して飛びついてくんだろうな、なんて思うと口元が緩んだ。



ゆっくりと彼女に近づいていく。




「おい!かぐ・・・」




呼びかけようとした時だった。






「・・・え?」




神楽の後ろから黒い影が現れた。





「アイツは・・・」










「もう!遅いアル!トッシー!」



「うるせーな!俺はお前んとこのボケと違って忙しいんだよ!」



あたりまえの様に二人がいる光景に、ここに俺がいちゃいけないような気がして、思わず近くの茂みに隠れた。




(なんで?あいつらそんな仲だったっけ?!)



変な汗を掻きながら茂みの中から二人を見つめる。



「旦那ァ、知らなかったんですかィ」



後ろからやる気のない声が聞こえてきて、はっと振り向く。



「総一郎君!」


「いや、総悟です。旦那。」



沖田君は冷静にツッコむと、俺の隣にうつ伏せた。



「知らなかったって何が?」


この質問の答えはあの二人をみればなんとなくわかる。でも認めたくなくてあえてとぼけた。


「そんな野暮なこと俺に聞くんですかィ?」

またまたぁ〜なんて顔しながら、「見りゃわかるしょ」と楽しそうに談笑する二人を見つめる。




「わ、わかるって何が?何の話?」

「あの二人に決まってんでしょうが。」


「え?何?あの二人がどうかした?」

「最近よく一緒にいるみてェでさァ」

「それで?まあアイツ馬鹿だしよくお世話になることもあんじゃね?だから・・・」

「旦那ァ、本当にわかんねェですかィ?
俺ァてっきり旦那は勘がいいおひとかと思ってたんですがねィ。」


「・・・・。」






沖田君が言いたいことに俺は気付いている。





「俺から言うのも何ですけど、あの二人・・・「悪い、沖田君。俺ちょっと用事思い出したから帰るわ。」



「・・・旦那・・」



どうしてもその続きは聞きたくなくて、沖田君の言葉を無理やり遮って、そっと公園から抜け出した。



それから自動販売機の下の小銭集めをしていた長谷川さんを捕まえて、いつもの飲み屋で酔いつぶれるまで酒を飲んだ。



だけどふとした時に思い出すのは、あの野郎にほんのり頬を染めて話しかけるアイツの顔で、酔っているはずなのにどこかむなしい気分だった。








*  *  *  *








あの日からよく長谷川さんを誘っては飲みに出かけた。




あいつと二人きりになるのが怖くて、あの日の二人を思い出すのが怖くて、逃げた。




情けねェよな・・・・







*  *  *  *








万事屋に帰ると、俺を待っていたのか、アイツはソファーで無防備な寝顔をさらしていた。



だらしなく腹なんか出してて、風邪ひくぞと言いながら自分の気流しを脱いで掛けてやった。


隣に肘をついて寝顔を見つめた。




久しぶりにこいつの顔をちゃんと見ることが出来た気がする。




やっぱり神楽は綺麗で、真っ白だった。


寝がえりを打った所為で少し乱れた桃色の髪をそっと梳いて整えて、やさしくその頬を撫でてやると、くすぐったそうに身を捩った。



その光景が可愛らしくて、愛おしくて、ずっと俺だけのものであってほしいなんて馬鹿なこと考えちまう。




ふうとため息をついて、頭をゆっくり撫でる。








なァ神楽・・・





俺はさ、



真っ直ぐに俺を映す大きな瞳も、



何かと銀ちゃん銀ちゃんと俺を呼ぶその口も、



俺よりずっと小さいその体も、



俺に向けてくれるその眩しい笑顔も、



全部大事で、全部愛おしいんだよ




銀さんこんな感情初めてでよくわかんねェけど、お前のことが好きなんだと思う




でもさ、そうやって懐いてくれているお前を、俺はお前もそう思ってくれてるなんて勝手に思い込んでて、でもお前は俺のこと、ただ兄貴や父親みてえにしか見てなかったんだよな・・・



きっとお前にとってのそれは・・・アイツなんだな・・・







だったら俺は・・・









頭を撫でていた手を止めて、もう一度真っ直ぐに神楽の顔を見つめた。







「ごめんな、神楽・・・」





いい年したおっさんの乙女なお願いを聞いてくれ・・・



これでお前のこと、兄貴として、親父として守っていくからさ・・・






そう誰でもない神楽に誓って、綺麗な桜色の唇に自分のそれをそっと重ねた・・・










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