ゆめ
□教えて育てて
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「教えて育てて」
「これ、勝手に触るでないぞ」
凛とした声が、響き渡った。まさか自分が気付かれるとは思わなくて、体が固まるのがわかる。声の主は僧だろうか。
「忍かえ?此処には何もない」
この神社に入った時から気になっていた麝香。それに付随するは菊の香。思わずくらりときてしまいそうなくらい強いものだ。
「此処には、我しかおらぬ」
影が濃くなる。匂いがさらに強くなり、ふがいなくも膝をついてしまった。
「…っ」
「なんじゃ、子猫でおったか」
男だった。高貴な服を身に纏い、左目に包帯を巻いている、細身で、美しい男。自分に衆道の気は無いが、それでも惹かれては目が離せなくなる。酷く魅力的であった。
「…アンタ、怪我してんの」
「寝ている間にのぅ、誰かに毒を塗られたようじゃ」
「なっ…!」
「なに。顔に傷が残ろうと、我に近付くものが更に減るだけじゃ。この静寂こそ、証よ」
男は決して笑わず、人形のようである。それがなんだか腹立たしく、力が入らない体に鞭を打ち、立ち上がった。
「ねえ、なんでアンタは笑わないの」
「笑う…そうじゃのぅ、笑うというものがわからないからじゃ」
するりと頬を撫でられる。なぜかそれに嫌悪感がなく、忍のくせに素直に触られてしまった。
「そうじゃ、我に外の世界を聞かせてくれぬか」
「…外、出た事無いの」
「うむ。外からの人はいくらでも見たが、景色は無くての。我はもう外に出れぬのじゃ」
「…」
「のぅ、子猫。良いか?」
この哀しい人形を、どうして見捨てられるのか解らない。人一倍近付きがたい存在ではあるが、自分は少なからず見捨てられない。それどころか魅了されている。嗚呼、忍だというのに。
「子猫じゃなくて、佐助」
「佐助か。良い名じゃ」
「アンタは?」
俺は多分、来世でもこの人を愛すのだろう。