〜犬浄6〜
おねがいだから、だれかたすけてくれ。
からだがあついんだ。はやくこのねつをかいほうしたくてたまらない。
はやく。だれでもいい。たのむから、はやく。
「…ッ…悟浄、くん?」
―――ああ、せんせ。
せんせ、おねがい。たすけて、せんせ。
からだが、あついんだ。
「―――――っ!!」
過去の夕景の残像が残る視界。目を見開き、弾む息を大袈裟に繰り返して、とにかく気を落ち着かせる。
「起きたんですか?」
生活感のある小綺麗な部屋の奥。トレイにグラスを乗せた男が悟浄に声を掛けた。
「おはよう。悟浄」
トレイをサイドテーブルに置き、笑顔で顔を覗き込まれる。
その男には見覚えがある。寝起きでぼやける思考を必死に働かせ、やがてたどり着いた名前。
「はっ、かい…せんせ」
「覚えててくれたんですね」
覚えてる。
柔らかな物腰、雰囲気。丁寧な言葉遣い。そして、
「悟浄。あの日の事も、覚えてますか?」
覚えてる…。
その綺麗な翡翠に欲が灯って、自分を射ぬいた事。
「あの日から、僕の中の時間は止まったままだ。貴方の、せいですよ、悟浄」
八戒の手が悟浄の顎を捕え、唇を塞がれた。熱い舌がぬるりと進入してきて、口内をまさぐる。
反対の手が首筋を擽って、離れたかと思えば服の下に入り込み、脇腹を撫でた。
「や、…んッ!」
八戒がベッドに乗り上げ、スプリングが軋む。
逃げようと体を捩ったところで初めて、悟浄は自分の手足が不自由である事に気付いた。それでも何とか抵抗しようともがくが、縛られた手足が擦れて痛むだけで、それが解ける気配はない。
「逃げるんですか?あの時は自分から誘ってきたくせに…」
腹を撫で上げた手が無遠慮に乳首を強く摘む。痛みに悲鳴を上げ、必死に相手と反対側へと体を這わす。
「ち、がう!あれはっ!」
「知ってますよ。ニィに散々いじくり回されたあげく、放り出されたんでしょう?」
「っ……」
「あの人が何のために僕を貴方のところに行かせたのか、それはわかりません。わかるのは、」
「ひッ!」
中心を強く握り込まれ、体が跳ねる。何度かそうして潰されるのではないかと思う程の力で握られた後、今度は酷く優しく揉まれた。長く細い、綺麗な指が、自身の形をなぞり上げる。
「ふ、ぅん……っ」
「僕が、貴方を愛しているという事…それだけです」
耳元に囁かれた声にぶるりと震え、自身の欲に火が灯った。
慣らされた体はこの先の行為を望んでいる。けど心は違った。三蔵の事が浮かんでは消え、浮かんでは、悟浄の心を痛める。
帰りたい。あの頃に。三蔵の隣に。
「誰にも渡したくない」
「貴方の全てを手に入れたい」
「もう、見失ったりしません」
俺だって、もう見失いたくない。
八戒の指が秘部に潜り込んできた。衝撃に背を反らし、手足をバタつかせて行為から逃れようとする。
「あまり、暴れないで。殺してしまいそうだ」
そう言った途端、首に手が絡み、絞められた。苦しさにパニックになり、更に暴れる。
「悟浄、悟浄…」
「ッ!――――ッッ!!」
「僕のものになってくれますか?」
くるしい。たすけて、たすけて。
「僕のものに…」
たすけ、て―――、
ギシッ、ギシッ。
「悟浄…っ」
「は、ぁ、ふぁ、んっ…あ」
三蔵、三蔵……。
「悟浄、っ悟浄、愛してる…」
「あっ!ひ、あ、そこっ、やぁ!」
「ここ?好きなんですか?」
「んんっ、はっ、も、やっ…ァあ!」
三蔵、きもちいい。きもちいい。
すき。すき。すき。
「あっ、あぁっ!さ、ぞぉ…っ」
「!」
「ん…はぁ、はぁ……三蔵…?」
どうしてやめるの?やめないで。もっとあいして。
おれもすきなんだ。三蔵のこと、ずっと、ずっと。
なくしたかったけどなくならなかった。くるしいからけしたかっただけで、でも、けしたくなくて。三蔵とずっとこうしたかった。三蔵。三蔵。三蔵。
「貴方の心は、僕のものじゃないんですね」
ぱんっ。
「…っ…いた…」
ぱんっ。ぱんっ。
「いたいっ…やだ…やっ……」
ぱんっ。
やだ。やめて。やめてくれ。いたい…いたい、イタイ痛い痛い。ぶたないで。やだよ、やだ。
「知ってますよ、全部。貴方、小さい頃、母親に虐待されていたんでしょう?」
「―――!!」
「ねぇ、あの頃に戻りたいですか?」
ぱんっ。ぱんっ。
「やっ、いたいよ、やだ、母さんっ!」
ぱんっ。ぱんっ。
「…ごめ、なさい…やめ…っ、なんでも、言う事聞くから、やめてくれっ…」
「………なら、」
「全てを僕に捧げなさい」
消したかった。あんたへの想いも、過ごした思い出も。でも、本当は消したくなかった。
だって。好きで、好きで、あんたの側に居られればそれで良くて。
それだけで、良かったのに。なのにそれすらも、叶わないんだな。
ごめんな。三蔵。まだ好きで居てくれたのに。俺は、あんたを選べない。
一瞬射した光を覆う。
闇が、くる。
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