夏目友人帳 小説

□『ぷっ』
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「ニャンコ先生、滋さんが今日遅くなるんだって。明日の朝にお願いするから」



障子戸を開けて、夏目が入ってきた。

この八畳間の和室は、こいつの部屋らしい。



「…………」

「ニャンコ先生?」



無視だムシムシ!

イジメ用語では、確か『シカト』とか言うはずだ。



「何だよニャンコ先生。お腹でも空いたか?」



それは、さっき塔子の作ったご飯をたらふく食ったからないわ。

ぷいっと顔を背けてみせた。

このガキは全く、『ニャンコ』ではないとあれほど言ったのに、まだしつこく『ニャンコ』って言ってくる。

高貴で誰よりも優美な私に向かって『ニャンコ』だと!!

失敬なっ!!

バカだこいつ!

本当にバカだ!



私は『先生』と呼べと言ったのだ。



「なぁ、ニャンコ先生?」



だから『ニャンコ』はいらん。



「………」

「………」



シーン………



きっと、私が何で怒ってるのか分からんのだろうな。

立ち尽くしているままの夏目が気になってチラッと視線向けた。



……はぁ…

本当に、

バカだこいつ

こんな事ぐらいで、




泣くなんて……




■■■『ぷっ』■■■




小さな幼い「人の子」の

手のひら程の

格子の枠から見える『世界』


それが私の全てだった……


移り行く季節を何度見送ったか、もう忘れた。

最初から数えもしなかったが。


色がない冬から、

華やかな春になり、

艶やかな夏にかわり、

鮮やかな秋になり、

また、静かに雪が降る。


繰り返される時を、自分には関係ない事だと想いながらただただ眺めていた。



ただただ眠っていた。



寒くもなく

温かくもなく

空腹もなく

疲れもなく

愉しくもなく



結界の中は『無』と同じ。


聴覚
視覚
味覚
触覚
臭覚


の『視覚』のみが許された。





もう何年たったのだろう?





あと何年経てば、ここを出られるのだろう?





ああ、

また青空を翔てみたい…



それすらも、人は『罪』だと言うのだろうか…





寒くもないし空腹でもないけれど、




淋しい…





誰か、

私をここから出してくれる

暖かく優しい者は

いつ来るのであろう……



そうしたら、

たぶん私は無条件で、

その者を―――――






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