-Novel-

□灯
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仕事帰りだった。
その日、僕はお酒が回っていて酔っていたのかもしれない。


暗い家路を、いつも通りに歩いていた。

チカ、


あれ、こんな所に街灯なんかあったか?

その街灯の側には寄り添うように、人が立っていた。

街灯にもたれるように、寄り添っている。

僕は不思議に思って街灯に近づく。

近くで見れば、その人は女性だという事に気がつく。


「あの、


ゴーッ、、

近くを通った車にかき消された、僕の声。


「はい、なんでしょうか。」

女性は僕の方を見て、問いかけた。
髪はショートで、真っ黒のワンピースを着ていた。


「何をしているのですか?」


ゴーッ、、、、
車が一台、通り過ぎた。


「立っているのですよ。街灯の下に」


それは、見れば分るのだけれど。

「何で、立っているんですか?寒いでしょうに、今夜、冷えますよ。もう12月ですし、」

女性は首を傾げて、顔を顰め、眉を寄せる。


「私、ここで立っていないといけないんです。」


僕は数回瞬きをした。

「ずっと、此処にいる気ですか?」


「ええ、とりあえずこの街灯が消えるまでは。」


「消えるって、朝までですか?」


「そうですね。」


「お仕事、間に合うんですか?」


「仕事?それならもう今やってます。安心してください。」


「お仕事、今、ですか?」

「今です。」


ゴーッ、、、
また一台、車が通過した。
僕の前髪と女性の前髪が、ゆらゆら揺れている。

「私の仕事です、此処にいる事が。何か問題でもありますか?」


「え、あ、いや。・・・あの「街灯の下にいる」仕事ですよね?」

喋りながら混乱してきた、これは日本語だろうか。

「ええ、正確には「街灯の下で街灯が消えるまで居る仕事」です。」


ブロロロロ、、、
バイクがゆっくり通過した。


「そうですか、楽しいですか、この仕事は。」
僕は馬鹿にしたように言い放った。
すごく、冷ややかな言葉だった。
しかし女性は顔色ひとつ変えずに答える。

「ええ、とても。」

そう言って、街灯を見上げた。
この街灯は普通の街灯よりもお洒落でアンティークのようなイギリス、フランス、ドイツ、などに置いてあったらもっと栄えそうだ。そんな街灯がこんなごく普通の街のガードレールのすぐ側、しかも車やバイクが絶えない様な場所に設置してあるのが何だか不思議でたまらなくなってきた。

「いつから始めたんですか、この仕事」

「昨夜からです。」

「昨夜も僕はここを通りましたけど、街灯はありませんでしたよ?」

「そうですね、昨日は街灯ついてませんでしたから。」

「そうですか。」

これ以上、話す意味もないし
あまり関わりたくなくなって来たので僕はズルズル足を動かした。

「それでは、僕はこれで、おやすみなさい」

出来るだけ笑顔で挨拶した。

「はい、おやすみなさい。」


すっかり酔いが覚めて、あの女性に対して恐怖を感じ足を速めて家に帰った。



******

チカ、チカ、


僕は今日もまたこの家路を歩いている。

昨夜と同じ時間、23:30を時計の針が指している。


無意識に、街灯をみつめて女性を探す。

ポツン


女性は昨夜と変わらず、ただ街灯の下で街灯に寄りかかっていた。


「こんばんは。」

ごく自然に声をかけた。


ゴーッ、、、
緑の車が通過した。


「こんばんは、いつもこの時間なんですね。」
女性は言った。

「はい、大体は。貴女は何時から此処に?」

「夕方の6時半からです。」

「随分早いですね。」

「仕方ないですね、仕事ですから。今日は小学生にも声をかけて頂いたんですよ、寒くないかって。」
女性は嬉しそうに微笑んだ。

「そうでしたか、優しい子ですね」

「ええ、私周りからあまり声をかけられないもので、とても嬉しいんです。」

まぁ、街灯の下に立ってそこから動かない人に声をかけるのは、相当勇気がいるものだから、と思ったが口には出さなかった。


ゴーッ、、、
青い車が通過した。


「では、僕そろそろ帰ります。おやすみなさい」

「はい、おやすみなさい。」



***

いつの間にか、この女性と毎晩のように話をするようになった。
僕が此処に来るまで、今日は誰に話しかけてもらったとか、可愛い猫が来たとか、引越しのトラックにぶつかりそうになった、とか。
雨の日も風の日も嵐の日も雪の日も。
そこに女性がいつも居たから。

他愛も無い話が、なんだか凄く落ち着く一時になっていた。



**


1年が経った。
あの女性にあって、今日で多分、ちょうど一年くらい経つ。
月日がすぎるのは早いものだ。

今年も寒い。


チカ、


ゴーッ、、、
赤い車が通過した。

今日は、何の話をしよう。
もうすぐクリスマスですね、とか雪は降るか、とか、正月はどうするとか。


ブロロロロ、、、
また、赤い車が通過した。


そういえば、まだ年齢の話をしたことがないな。


ゴーーッ、ゴーーッ、、

黄色い車が二台通過した。





街灯に視線を向けると、
そこには、うずくまった女性が目に飛び込んできた。
具合でも悪いのだろうか、僕は走って近づいた
寒くてうまく足が動かない。

「大丈夫ですか?!」
息を切らして尋ねてみると、女性の目には涙が溜まっていた。

「たすけて、ください、」

ボロボロ、涙が零れる。

「助ける?体調悪いんですか?!」

ふるふる、首を横に振る。

「街灯が、光が消えてしま、う、」

「え、」

「助けて、おねが、い、まだ、まだ話したいの、まだ輝いてたいの、お願い、消えないで、消えたくないわ、嫌、」

泣き崩れる女性、街灯にしがみついて離れようとしない。

「電球を変えれば、もとに戻りますから、大丈夫ですよ、」

僕は女性を宥め、背中をさする。

「駄目!変えたら、だめなの!私じゃ、ないと、私じゃなくなってしまう!」


訳の分らないことを淡々を話ながら、止まることのない涙。


「嫌、いや、きえないで、きえちゃ、だめ、」


街灯の光が、徐々に弱くなって、チカ、チカと弱弱しく瞬く。


「お願いが、あるの、」

一層弱弱しく話し始めた。

「お願い?」

涙を流しながら、とても苦しそうに、話す。


「どうか、忘れないで、私、とても楽しかっ、たの、たくさんの人が通るこの道が、」

「忘れませんよ、でも、どうしてそんな急に・・・」


消えかかる光。
まるで女性と比例している。


「ほんとは、まだ、きえたくないの」

「?」

光が震える。

ゴーッ、
白い車が通過した。


「でも、たのしかっ、た」

「え、」


光が今にも消えかかる。


「いままで、まいにち、はなしかけてくれて、」


僕の目にも涙が溜まる。
何故だかは分らない。
ただ、「悲しい」という感情になる。
「不安」になる。


チカ・・・・・


「は、なしかけて、くれ、て、、、」




プツン・・・



ゴーーーーーーーッ、、、
黒い大きな車が通過した。
あまりの車の騒音に目を塞いだ。

「はっ・・・」


目を開けたら、そこに女性は居なくなっていた。

街灯の光も真っ暗に消えていた。











(あの女性は、あの街灯の)(意識だったのかもしれない)






*あとがき*
いきなり思いついたお話。
街灯=女性
女性は街灯の光の意識だったんです。

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