原作沿い〜その後の旅路〜日本国永住

□ともに在れ
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ともに在れ。







 
 
 
明け方、夢を見た。
嫌な夢だ。
呼んでも応えない唇。
揺すっても反応のない瞼。
どんなに強く思っても、キミに二度と届かない。

オレはどんどんつめたく冷えていくキミの身体を
今更 精一杯抱き締めながら
あてどもないセリフを繰り返す。


愛してる
愛してる
愛してるんだ、黒鋼


キミ以外 誰のものにも オレはもう、なれない。
なれる気がしない。
キミという命を 知ってしまったから。
これほどまでに強い魂に触れることに 慣れてしまったから。


その夢の中でオレは、それが夢であることを薄っすら自覚しつつも
まるで壊れた玩具のように、同じセリフを幾度も幾度も繰り返した。
そうしていたらいつかキミがもう一度、目を開けてくれるような気がして。
そしてもう一度、その深紅の射るような瞳で、オレを見つめてくれるような気がして。













目を覚ませば、いまだ見慣れぬ天井の木目
隣には、旅の間もそうだったからと
こじつけたような理由でキミが眠る。

くすぐったい腕枕。
要らないと言っても毎晩、半ば無理やり提供されるそれは
オレが本気で嫌がっていないことを解っているからこそ行われる、いわば儀式のようなものだ。
独りにするとろくなことを考えねぇからな、と彼は言う。
それは至極もっともで、オレは思わず笑ってしまうより他に、手がなかった。










一つの旅の終わりは、新たなる旅への序章でもある。
今更遠ざける理由も無く、かと言ってこの先共に生きていく理由など、さらに見つかるはずもなく、
帰るべき場所へ帰るキミを、オレは内心途方に暮れつつも ただ、笑って見送るつもりでいたのに。

土壇場で意表をついて抱き締められた腕の中は案外居心地がよくて、そんな単純な理由一つでオレは
ああ、このまま彼について行けたら、悪くないのにな、なんて思ってしまった。

猫のように大人しく身を預けていたオレに、彼はさらにこう言ったのだ。


『日本国はあれで結構物騒なところでもある。…安心して背中を任せられるヤツが一人、どうしても必要だ』
『………、』


続く言葉につい期待してしまいそうになるのを堪え、上げた目線だけで‘それで?’と促せば
軽く舌打ちした黒鋼に、続けて、普段は嫌になるくらい目敏いクセに、自分のこととなると鈍いな、となじられた。

大きく温かな掌が、風に揺れるオレの髪を宥めるように撫でる。
その仕草たった一つからも、彼がオレを手放す気がないことが窺い知れたが、いかんせん
自分のこととなると慎重になってしまうのだ。
決定打があるまで、安心などできない。

そんな雰囲気を感じ取ったのか、黒鋼はふと動きを止め、オレの目を覗き込んだ。
どうやらセリフを濁していたのでは、オレを動かすことは叶うまいと踏んだのだろう。
一度照れたように深紅の瞳を横へ逃がしてから、一拍間を置いて再びオレへと視線を合わせた。
そうして、


『…俺の背を、お前に預けたい』


だから一緒に来い、と至近距離で告げられた。
オレは驚きよりも嬉しさよりも、安堵感が先んじて、不覚にも鼻の奥に少し痛みを感じた。
潤む瞳を見られるのが癪で、今度はこちらから抱きついてやる。


『………しょうがないねぇ…黒鋼』


愛しい、という言葉が、なんて似合う瞬間だったろう。

そうやって、何だかんだ言っても、肝心なところではちゃんと主導権をオレに譲ってくれる
彼の不器用な優しさは、この旅の中で知ったことの一つ。

彼の優しさや強さを一つ知るたび どんどん惹かれて、それを自覚してしまうことが怖かった。
そして、どれだけ傷つけあっても どうしても彼から本気で離れることが出来ない自分に腹が立った。
苛立ち、突き放すような素振りを見せても、根本的な部分でオレが彼を拒絶しきれないことは、
今思えば多分、彼自身にも解っていたんだろうと思う。









「困った人だよねぇ…本当に」


独り言のつもりで呟いたのに、それまで腕枕していた黒鋼の瞼が薄く開いた。
覗いた深紅が、無意識なのだろう、オレを探す。


「…此処に居るよ。キミの傍に、ずっと」


腕枕をされながら、相手の黒い髪を撫でた。
こめかみから後ろへ梳くように、ゆっくりと。

それがまた眠気を誘ったのか、オレを見つけて安心したらしい黒鋼は再び重そうに瞼を閉じる。


「おやすみ・・・、愛してるよ」


夢でみたのと同じセリフを繰り返す。
しかし今、オレの隣に在るのは、決して夢じゃない。
こんなにも、確かな体温。
あんなにも、焦がれた命。

現在(いま)を生きている、愛しいオレの…、








end.


→あとがき
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