堀鐔

□大安吉日
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「おい、コイツはそっちの部屋でいいのか」
「…はい、適当に積んでおいてください」
「ユゥイ〜、コレはー?」
「あ、うん、それはこっちにもらうよ」

ある晴れた春の休日。
ユゥイと小龍の新居への引越しを手伝うべく、黒鋼とファイは朝から忙しく動いていた。
2LDK南向き、駅から徒歩10分。
此処に今日から二人、ファイの双子の弟ユゥイと、かつて彼らの教え子であった小龍がともに暮らすのだ。

「なんだか不思議だねぇ、あの小龍くんとユゥイが一緒に暮らすなんて」

大きめのダンボール箱を床へ下ろしながら、隣に立っていた黒鋼へ向けて感慨深気にファイが呟く。

「まぁ、人生なんてそんなもんだろ」

俺たちだって似たようなもんだったじゃねぇか、と続いたセリフに思わず笑ってしまいながらファイは、そうだね、と返した。



「黒鋼先生、ファイもお疲れさま。そろそろお昼にしよう」

ユゥイの声で振り返った黒鋼とファイには、リビングテーブルの向こうから呼び掛けてきたユゥイと、その後ろで棚に本を並べている小龍の姿が見えた。
華奢ながら背だけは高いはずのユゥイより、さらに頭半分ほど高い位置に見える小龍の艶のある茶色の髪。
それはこの3年で、子どもから大人へと急激な変化を遂げた人間の後姿だった。
黒鋼とファイは何となく互いに顔を見合わせ、どうにも切ないようなくすぐったいような気持ちを共有する。
そんな二人からユゥイは既に目線を戻し、小龍と何か一言二言言葉を交わしてからキッチンの方へ向かった。

「あいつらにもこの3年の間に色々あったんだろうな」
「うーん、それはもう紆余曲折」
「…お前なんか聞いてんのか」
「それはまぁ双子ですからー。…深いところまではさすがにユゥイも言わないけど、それでも色々と、ね」

軽く肩を竦めつつ、珍しく溜息なんぞ交えて呟くファイの表情は、いつもの笑顔ではなく。
なるほど兄の顔をしていた。


あらかじめユゥイが用意しておいたという昼食は、おにぎりに玉子焼き、鶏の唐揚げなどといった、日本的な弁当としては実にオーソドックスな内容だった。
日本に来てから和食については四月一日にも教えてもらい、元来料理人としての勘や基礎知識も手伝って、今ではもう一通りの和食メニューはこなせるようになっている。

「今朝ちょっと寝坊しちゃって、時間無かったからたいしたもの作れなかったんだけど」
「充分だよぅ、すっごく美味しい。…でもユゥイが寝坊なんて珍しいね、引越し前で緊張でもしてたの?」

双子のやり取りを、テーブルの脇に立ち穏やかな表情で眺めながら、小龍はインスタントの味噌汁に湯を注いでいた。

「どうぞ」
「ああ、悪いな」

人数分淹れたそれを黒鋼の前にも置きながら、小龍は目線だけをちらりとユゥイの方へ向けた。

「…ごめん」
「…え?何が」

唐突に謝られてユゥイが不思議そうに首を捻れば、真面目そうな顔をして実際何処までが計算なのやら計り知れない新成人は、ゆっくり口を開く。

「…ユゥイが今朝起きられなかったのは…」
「あ…!……ストップ!!」

もともと敏いユゥイは小龍の表情と中途までのセリフで瞬間的に全てを理解し、続こうとする言葉を綺麗に遮った。
しかし双子の兄にはどうやら全て解ってしまったようで、兄弟揃って何となく俯き頬を染める。
気まずい…。
黒鋼は内心、飯時になんてこと言いやがる、などと思いながら抗議の目で小龍を見上げるが、その目線の先には見間違いでなければ薄っすら口許に笑みを浮かべた彼の表情があった。
恥ずかしそうに俯くユゥイを悦に入った様子で見守る、天然の皮を被ったとんだ策士に、黒鋼は思わず溜息をつかずにはいられなかった。





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