その他パラレル

□Stigma - 聖痕 -
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1.はじまりの日



それはまだ、アイツと俺が別々の家で暮らしていた頃の話だ。

その頃の俺たちは二人ともまだ高校生で、ただの友人だった。
まぁクラスが同じな上にアイツが妙に俺に懐くものだから、部活こそ違えどしょっちゅうつるんで行動するくらいには仲がよかった。
ただ、その割りには何故か互いの領域に深く首を突っ込んでいたわけでもない。

とある日曜。
その日俺は、やはりいつものように、すっかり通い慣れたそいつが独り住む部屋への道を、コンビニの袋なんぞ片手にぶら下げながらのんびりと歩いていた。
以前観に行きそびれた映画のDVDがレンタルに降りたのを借りてくるから観に来いと言われたのだ。
ほどなく、待ち合わせていた歩道橋の下に、よく見知ったひょろりと背ばかり高い金髪頭の姿を見つける。
そいつは手にした携帯へ目を落としながら、時折煩そうに、その長めの前髪をかきあげる。
俺はまだその男を、そういう意味で好きである自分に自覚など無く、ただ同性として単純に、何となく気の合うヤツ、傍に居て会話が無くとも困らないヤツ、くらいに思っていた。
しかし俺の性格からいくとそういった友人こそ数も少なく、その中でもことさらコイツの存在が日増しに大きくなっていっていることは、ぼんやりながらも認めていたものだった。

その男、ファイは、俺が後ろから近づいてすぐ傍に立っても一向に気付かず、一心不乱に手元の携帯画面へ集中しているようだった。
どうやらゲームにでも没頭しているらしい。
声を掛けるのが何となく勿体無いような気がして、俺はしばらく無言のままファイを脇から眺めてみる。

横から見るとよく分かる、高い鼻梁、長い睫毛。
すらりと伸びた手足は、けれど決して頼りなくただ細いわけではなくて、バランスよくしなやかな筋肉がついている。
そして艶のあるプラチナブロンドと青く澄む空色の瞳。
この国では珍しいその容姿に、周囲は無意識に距離を置くらしい。
俺が初めから物怖じせずに会話に対したとき、ファイは少なからず驚き、そしてとても嬉しそうに笑ったのを覚えている。

しばらくそのまま脇で腕を組んでヤツをみていたが、なかなかこちらに気付かぬ相手に業を煮やした俺は、ついに後ろからその、柔らかく風になびく髪を掻き回すように撫でてやった。
すると、驚いて肩を震わせたファイは慌てて自分の頭を庇うようにして振り返り、次いで俺の姿を認めると、いつものようにふにゃりとした笑顔で、いつものように明るい声で、俺の名を呼ぶ。

「黒たん!」

他人だらけの街中で、ものすごく大切な、愛しいものでも発見したような顔をして。
こんな人込みの中で独り佇み、伏し目がちに真面目な顔して携帯を弄る姿はいっそ近寄りがたい雰囲気すらかんじさせるくせに。
そうやって俺を見つけて笑った顔は、急に幼く、親しみやすそうにも見える。
ヤツのそんなギャップも、俺は嫌いじゃなかった。
いつからか優越感のようなものすら覚えている自分に、少しばかり戸惑いながらも。

ファイは携帯をジーンズの後ろポケットに突っ込むと、小脇に抱えていたレンタルショップの袋を指差しては「借りてきたよ〜ぅ」と間延びした声で言う。
そうか、とだけ返事をして、二人連れ立ってやはりのんびりと午後の街並みを歩いた。

ファイの住むマンションは駅からほど近く、交通の便以外にもたいていの面で利便性を満たしていた。
そして、そんなヤツの住処(すみか)と自分の家が案外近いことを知ったのは高校に上がってしばらくしてから。
そうと知ってからは余計、俺たちが共に過ごす時間は増えていった。
親友、なんて、言葉にすると安っぽい響きだけれど、多くの時間を共有しているうちに俺は、いつの間にか確かに自分の中でファイをそんなポジションに位置づけていた。
しかし何故か、時折ファイには急に人と距離を取りたがるところがあり、それがたまにもどかしく感じることもあったのは事実だ。
それはずっと一定の距離を保って、近づき過ぎることも、遠ざかり過ぎることもなかった。
透明なガラス越しに慎重に此方との距離をはかっているような相手に、俺はいつしかファイとの関係にはその距離感こそが必要で、無理矢理押入れば脆く崩れてしまいそうなイメージを持つ。
…それでも俺たちは何となくうまくいっていた。
相手の領域を侵すことなく、友情だけ、甘い上澄みだけ掬い取って満足していた。
相手を、解った気になっていた。
少なくとも俺はそうだった。
…この日までは。





ファイは、部屋の前まで辿り着くとドアの鍵穴にカギを差し込んで、ちょっと変な顔をした。

「どうした」

と聞くと、少し間を置いてから、

「ううん、何も」

と、目線だけこちらへよこす。

…どうやらカギが開いていたようだ。
ゆっくり用心深く、ファイはドアを開ける。
高校に上がってからの一年半で、随分と差がついてしまったファイと俺の体格。
いつの間にか小さく感じられるようになった相手が、それでもその背中に俺を庇うかのように立ち塞がる。
しかしそれは同時に、俺に家の中を見せまいとしている風にもとれた。
まるで、見られてはマズイものが中に在るのかも知れない、と、思わせるような。

ふと見下ろすと、玄関口に見覚えのない靴がひと揃え脱いであるのが見えた。
けれどその靴を見ると彼は、逆にそっと息をついてドアに突っ張っていた腕の力を少し緩めたのだった。


ほどなくして、ぱたぱた、と奥から人の出てくる気配がする。
今まで一度も、彼の家で他の人間に遭遇したことのなかった俺は、一瞬ハッとして、次いで奥を覗き込んだ。


「おかえり、ファイ」

果たして、リビングの方から出てきたのは一人の少年だった。
誰だと訊く前に血の繋がりを直感できてしまうほどに、その少年はファイの面影を映していた。





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