その他パラレル

□Lotus
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都内某歓楽街。
不夜城とも呼ばれるその街の一角に大手ホストクラブ、『INFINITY』はあった。
どんな不況下においても、衰退の色など微塵も感じさせないのはやはりこの手のビジネスだ。
とはいえ、不景気のあおりをそれなりに受ける店も多い中、此処 INFINITY はむしろ順調に業績を伸ばしていた。

しかし、客の多いことは有り難かったが一方でスタッフの人員が足りていない事実も否めず、オーナーは大幅な人員増加をはかった。
主力となれそうなホストを一人でも多く囲い込みたい。
INFINITY の求人とあらば、他店から経験豊富なホストが移ってくることも大いに見込むことができた。
そんな中、応募者のうちに一人だけ毛色の違う若者が混じっていることに、面接を担当したこの店のチーフであり且つナンバーワン・ホストの肩書きを背負った金髪の青年は僅か、首を傾げる。
形式的な質問である応募動機には、金が要るから、と端的な答え。
アピール出来る点は、と問えば、酒には強い、という一点のみ。
同席した幹部らはさらに首を傾げたが、その媚びへつらわない態度と、今どき珍しい真っ直ぐな瞳に、金髪のチーフは賭けてみてもいいのではないかと提案した。

「ウチにはいないタイプでしょう。案外いけるかもしれませんよ」

吉と出るか凶とでるか、それは目の前の若者がどう化けるか次第だ。
自店のナンバーワンの言い分に周りも納得し、その若者はそのまま面接をパスした。


パス、したのだが…。
人手不足で、いきなり入店初日からテーブルにつく破目になったその人物、黒鋼は、右も左もわからず内心戸惑っているというのに、そういったところがまったく顔に出ないため根性が据わっていると見事に誤解を受けた。
とにかく話を合わせ笑ってればいいから、と先輩たちに言われ、渋々オーダーの入った酒のボトルとともにテーブルへ向かう。
しかしヘルプとして行くよう命じられたのはなんとその店のbPホスト、ユゥイのテーブルだった。
面接の時と店が開く前のミーティングの席で少し話をしたくらいだったが、ユゥイのカリスマ性は素人の黒鋼にも理解出来るものがあった。
周囲にはべる女たちが霞む。
比喩ではなく、そう思えた。

簡単な自己紹介をし、ヘルプ用の席に座る。
まだソファ席へ座ることが許されない新米ホストに与えられる小さな椅子に座ることは、図抜けて身長が高く体格も日本人の平均を大きく上回る黒鋼にとってはまるで拷問さながらだった。
内心落ち着かないでいたところへ、ユゥイがソファの端へ身を滑らせ、黒鋼に頭を寄せる。

「初日から悪いね。ちゃんとフォローするから、心配しないで」

内緒話でもするように耳もとへ囁くと、水割りの作り方と客への差し出し方を身を持って教えてくれた。
コースターを並べ、そこへ静かにグラスを下ろす品の良い所作に感心するものの、しかしそこで何となく説明しがたい違和感を覚えた黒鋼は、そのままそっとユゥイを観察し始めた。
客の好みそうな話題を自然な流れで振り、客が楽しげに話し始めたら巧く聞き手に回る。
ほろ酔いに気分の高揚した頃合を見計らい、絶妙のタイミングで追加オーダーを入れさせる。
その手腕にしばし舌を巻いて見守ることしか出来ない黒鋼だった。

追加オーダーを黒鋼がテーブルへ運ぶと、しばらくしてからユゥイがひょい、と席を立った。
追い縋ろうとする女性客の腕をやんわりと解いて、

「すぐ帰ってくるから、待ってて」

と甘い声で諭す。
客はそれだけで骨を抜かれたようにだらしなくソファに凭れかかり、とろんと蕩けた笑顔で彼を見送った。
自然、テーブルに独り残される格好となる新米ホストの横を通り抜けざま、ユゥイは軽く黒鋼の肩へ手を置き

「ごめんね、ちょっとだけ頼むよ」

と告げると、ウィンクとともに軽やかに奥へ消えた。
そこでまた軽い違和感を覚えた黒鋼だったが、テーブルに残された客を任された以上、頑張らないわけにはいかなくなった。
幸い、入店初日ということを言ってあったこともあり、客は不必要に黒鋼の至らなさを責めることもなく、聞き役に徹することで何とかその場を凌いだ。
そして10分ほど経ったろうか、奥から再びユゥイが姿を現し、周囲の客にも挨拶を入れながら此方のテーブルへ帰ってきた。
ホッと息をつきつつ、帰ってきたナンバーワンをソファ席へ通すために一度椅子から立ち上がれば、

「ありがとう」

と一声、澄んだ声が返ってきた。
瞬間的に相手の顔を見てしまう。
同じ顔、同じ声、同じスーツ…、しかし何かが違った。
その後も客とユゥイの間には和やかな雰囲気と甘い会話が続き、黒鋼は覚えたての酒の作り方を幾度となく披露することとなった。
幾つかのテーブルを掛け持ちつつも、ユゥイの笑顔には疲れの陰すら見えない。
完璧なまでの営業スマイル。巧みな話術。必要とあらば恭しく客の手を取り、その手の甲へ軽く口付けなどしてみせる。
一つ一つを観察し、黒鋼は一体自分が何に違和感を覚えているのか見極めようとするが、その所作のどれもが彼がこの店のナンバーワンであると語っていた。
しかしそれでも黒鋼は、どこか引っ掛かるものを拭いきることが出来ない。

満足した客が席を立つ頃、送りのエスコートに出るユゥイの背中へ、堪らず声を掛けた。

「…なぁ、」

自分へ掛けられた声だと気付いたユゥイは、振り返りざま黒鋼の頭を軽くはたく。

「なぁ、じゃなくてすみません、とか失礼します、だろ」

自覚の足りない新米を戒める口調は、年長者の威厳も含め、黒鋼を黙らせた。

「………、すみません」
「…で、なに」

素直に反省したらしい黒鋼に、そこで声から厳しさを解きユゥイが問い返す。
途端、抱えていた疑問がよみがえり黒鋼はユゥイの顔を見下ろして言葉を続けた。

「さっきのは誰だ?」

ユゥイからすればその問いは、何のことかとしらばっくれるにはあまりにも意表をつかれ過ぎていて
それまでパーフェクトだった表情にはほんの僅か緊張の色が走る。
驚いたような戸惑っているような、警戒しているような。
黒鋼は、その表情と瞳の色だけで、彼へあてた自分の問いが的外れでなかったことを直感した。
しかしやはり他人との駆け引きを生業としているだけあり、ユゥイはすぐにその動揺を裏へ仕舞い、平静の顔に戻る。

「…誰だ、じゃなくて誰ですかって聞きなよ、せめて。学習能力は大切だよ、新人くん?」

それでも黒鋼の真っ直ぐな目線と悟ったような表情を前に、さすがに誤魔化しきれないと踏んだのだろう。
そこからは急に声を潜め、上背のある黒鋼を右手の人差し指だけでおいでおいで、と手招きしてきた。
首を傾げながらも背を屈め、目線をユゥイへ合わせてやると、

「あとで少し話そうか。…アフター、空けといて」

と、黒鋼の耳もとへ囁き、再び身を翻して客を送るためエントランスの方へ向かってしまった。

「………、」

その背中を無言で見送りながら、アフターってなんだ、と素朴な疑問を抱く初心者ホスト、黒鋼だった。




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