多ジャンル小説置き場

□思い出すまでは
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「やっ……たぁ……」

黒い球体に映るのは、あいつの名前と100点メニュー。
驚きすぎて座り込んでいるこいつは、これでもかというほど瞳を輝かせている。
まさか先に抜かれるとは。
仲間が抜けていった中、二人だけだったのに、抜かされるって。

「に、西くんっ、どうしよ!?」
「……もうやめたら?」
「えー! でも西くん一人になっちゃう……」
「別に。俺もお前の後から100点取るし」
「……ほんと?」
「ったりまえだろ」

そういえば下がっていた眉が上がり、また瞳が輝く。
分かりやすいやつ。

「じゃあっ、絶対だよ? 死んじゃだめだよ?」
「……ん」
「私、記憶消されちゃうけど会いにきてね? また最初から仲良くしてね? 毎日家に来て、思い出させてね?」

俺に詰め寄り、手を握られる。
必死な様子に笑いが込み上げるけど、こいつとの最後の約束だ。
ちゃんと覚えておかないと。

「私っ、私が西くんのこと大好きだって……思い出させてねっ? 西くんも忘れないで、絶対」

さっきの輝きはどこへやら。
今にも泣き出しそうな顔しやがって。
俺が忘れるわけねーだろ。
記憶が消えんのはお前なんだから。

「わっ、私っ……なんだろ、急に悲しくなっちゃった……。ガンツから離れられるのにっ……西くんを忘れたくないよ……っ」

最後に泣きやがって。
ばっかじゃねーの。
ガンツスーツで涙拭いたって、吸収しねーよ。
仕方ねーからパーカーの裾で拭いてやると、抱きつかれた。
その状態で大泣きするもんだから動けなくなる。
年上のくせに、情けねーな。

「に、西くっ……死んじゃ嫌だからねっ……? 絶対に生きてね。100点取るまで、絶対だよ……っ」
「分かったっつーの。ほら、早くやれよ」
「うぅっ……西くんの馬鹿ー……! もうちょっと一緒にいてくれたって、いいじゃない……!」
「そんなの、後ろ髪引かれるだけって知らねーの」
「そ……だけど……」
「きっぱり決めれば何にもないって。早く」

似伊は小さく頷くと、涙をぼろぼろ流しながら離れる。
鼻水とかダッセ。
顔ぐらいなんとかしろよ。
ぱっと俺の顔を見ると似伊は赤い顔をして。

「西くん。好き、大好き。ずっと、好きだから。忘れてもまた、西くんを好きになる自信あるから。絶対死んじゃだめだよ。大好き」

鬱陶しいくらい「好き」という言葉を聞いて、なんとも言えない気持ちになる。
むしゃくしゃして似伊の後頭部に手を回して手軽なところに唇を落とす。
似伊には「ズルい」とまた泣きつかれそうになったが、まあいいんじゃね。
ぐずぐずと泣きじゃくりながら「三番」とあいつの声を背に部屋をあとにする。
これで終わりか。
明日から会いに行けばいいか。
生きてることには変わりないんだし。
その日の帰り道、なぜか足取りが重かった。




次の日。
苛々するほどの晴天。
徒歩であいつの家に向かう。
もしかしたら少しは思い出しているのかもしれないと淡い期待を込めるも、三回チャイムを鳴らした後に出てきた似伊は普通だった。
ガンツの前で初めて会ったときと同じ感じ。

覚えてるわけねー、か。

「あっ、あのっ、お母さんの知り合いですか……?」

……まあ、いい。
初めからやり直せばいい。
あいつは断言したんだから。
俺の気持ちが変わらない限り、付きまとってやる。






「……西丈一郎。お前の名前は知ってるから別にいい」






(な、なんで知って……!)

((ゆっくりと少しずつ、思い出させてやる))




切ない物語が書きたい。

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