多ジャンル小説置き場

□離れないことを願って
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いつ会えるかわからない彼。
もしかしたら会えるかもしれない、と夜になったらいつも窓から暗い空を眺める。
ぼーっと月を眺めてみるけど、今日もなにも見えない。

「……やっぱり違う、か」

ぽつりと呟き、自嘲気味に笑う。
そりゃそうだ。
新聞にも彼の犯行予告は書かれていなかった。
ポスン、とベッドに座る。
そのまま後ろに倒れて目を閉じると、目の前はなにも見えなくなって段々眠くなってくる。
ふと眠りそうになったとき、寝転んでいるベッドの隣に何か重みがかかったようだった。
そっと目を開けて横を見ると、白いタキシードの彼。

「……久しぶり、かな」
「ええ、そうですね」

私の力の抜けた手に、手袋をした彼の手が重なる。

「……お帰り、怪盗さん」

きゅっと手を握る。
怪盗さん……キッドも握りかえしてくれて、思わず笑みがこぼれた。

「……ただいま、と言っても?」
「もちろん」

キッドはくすりと笑い、私の頭を撫でてくれる。
今日は……なにを盗んで返してきたんだろう。
彼は本当はどんな宝石を狙っているんだろう……。

「どうしましたか?」

表情を伺おうとしても、ポーカーフェイスが邪魔をしてわからない。
同い年位なのに、紳士的なしゃべり方だし……。
一応、想いは通じあってる……はず。

「……なんでもない」

ふう、とため息をつき、キッドの背後に見える月を見つめる。

「……キッドはずるいね」
「おやおや、いきなりなんですか?」
「だって、私のことを知ってるのに、私には何も教えてくれないから」
「……怪盗のことは、あまり知らない方がいいですよ」

少し寂しそうな言い方に私は握っていた手により力を込める。

「私は……好きな人だからこそ知りたいの。キッドがなんと思っていても、私は知りたい」
「……似伊」

久しぶりに呼ばれる名前。
嬉しかった。また呼んでくれたって。
もう忘れていたと思ったから。

「……今は、教えられません。いつかはきっと、教えて差し上げますよ」

キッドの手が私の頬に触れた。
手袋ごしの温もり。
彼がここにいるって実感できてホッとする。

「私の心は、いつまでも貴女に盗まれたままですから」
「ふふっ……じゃあ、もう返したくないな」
「結構ですよ。大切にしてもらえるのならば本望です」

クスクスと笑うキッドの顔が段々近づく。

「……キッド」
「なんでしょう」
「どこにも、行かないでね……?」
「ええ、もちろんです」

自然と頬が緩む。
即答してくれたから、嬉しくて。
今日は嬉しいことばかりだ。

「ただし、貴女もどこかに行ってしまわれないように」
「私はどこにも行かない。キッドが捕まえてくれている限り、ね」

そう笑うと、キッドさえも頬を緩ませた。
ポーカーフェイスが一瞬無くなったようにも見えた。

「お望みでなくても、捕まえていますよ」
「……ありがとう」

微笑むと、次の瞬間には彼との距離は0。
そっと離れる彼に寂しくなる。
こんなことも、またしばらくできない。

「もう……行っちゃうの……?」
「ええ。明日は忙しいので」
「…………」

私の心の中に、ワガママが浮かんでくる。
ただの、私のワガママ。
彼を困らせてしまうワガママ。

「……キッド、もう少しだけ……一緒にいて……」

キッドは少し驚いたようだけれど、離しかけた私の手を握ってくれた。

「ありがとう……。……ごめんなさい」
「いいえ、私ももう少し一緒にいたいですから」

彼の言葉にホッとする。
同じ気持ちだってわかり合えてる。
この先、どうなるかなんて分からないけれど……。



繋いだ手が、ずっと離れませんように……。



(このまま眠ってしまったら彼はいないのだろうか)
(朝起きたら、ああ夢だったのか、と思うのだろうか)
(そうならない日を)
(私は願うばかり……)

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