多ジャンル小説置き場

□大好きな人へ
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新八/VD*


「新八くん、ハッピーバレンタイン」
「……え」

少しだけ、日が傾き始めた頃。
万事屋に到着して真っ先に新八くんに言うと、彼は眼鏡がずり落ちそうになりながら固まった。
しばらく何も言わなかったので、チョコレートがいらないかとしぼんでしまうと、声が上がった。

「はああああ!? なんで新八がもらえるアルか!? 私に頂戴ヨ!」
「なんで新八なんだよ! 普通バレンタインっていったら銀さんだろオオォォォ」
「二人とも酷くないですか!」

神楽ちゃんが私に詰め寄り、銀さんが新八くんを掴み上げる。
なんでそんなに非難の声が上がるんだろう……。

「ま、待ってください。神楽ちゃんと銀さんのチョコレートもありますよ、もちろん」

袂から二人のチョコレートを取り出すと、神楽ちゃんは目を輝かせて喜んでくれた。
銀さんも必死の形相で私からチョコレートを受け取ってくれる。
良かった、喜んでくれた。

「きゃっほーい! 友チョコアルな! じゃあ、私もあげるヨ! 特別だからネ!」
「わあ、ありがとう。酢昆布二箱もくれるなんて。神楽ちゃんの大好きなものなのに悪いなあ」
「いいアルいいアル! 友達同士で交換するの楽しいアル!」

ふふ、神楽ちゃん可愛い。
神楽ちゃんにもらった酢昆布を袂にしまうと、今度は銀さんが頭をかきながら私に近寄ってくる。
さっきはあんなに取り乱してたけど、こうやって照れてる姿を見ると用意していて良かったと心底思う。

「あー、銀さん今なんにも持ってねーけど、来月は必ず返すからな」
「ふふ、いいんですよ。私の勝手ですし、本命ではありませんから」
「え、なにそれ、そんなにはっきり言われると銀さん傷つくよ? 泣くよ?」

言うまでもなく、銀さんは腕で顔を隠してしまった。
だ、だって本命じゃないのにお返しをもらえるのは図々しいというか申し訳ないというか……。
あ、大笑いしてた神楽ちゃんが銀さんに殴られてる。
更に神楽ちゃんの仕返しにあって……。
神楽ちゃんに勝てる訳がないのに。
仲良きことは美しかな、っていうことかな。

「あ、えっと、似伊さん」
「あ……ご、ごめんね。新八くんのはこっちなの」

二人のチョコレートを出した方とは反対の袂から大きめのチョコレートの箱を取り出す。
その新八くんの顔と言ったら、なんと言っていいやら。
後ろで喧嘩をしていた神楽ちゃんと銀さんも、新八くんが黙ってしまったのを感じ取ってこちらを向く。
二人は黙ったまま、こちらに寄ってきて。

「な、なにアルかこの大きいの。ていうか、そんなおっきいのよく入ったアルな」
「おいおい、これお高いんじゃねーの?」
「買うのに苦労しちゃった。一時間も並んじゃったよ」
「ええええ!? そ、そんなに並んだんですか……!?」
「うん。だって、本命チョコだから、ちゃんと買いたいじゃない?」

照れ隠しに笑うと、新八くんは顔を赤くさせて、それが可愛くてもっと笑ってしまう。
銀さんは後ろでのたうち回って、神楽ちゃんはさっきと同じ輝いた目で私を見る。

「さすが、お偉いとこの娘アルなあ。本気度が違うアル」
「クソオォォォォリア充なんて見たくねえんだよ、だからクリスマスとかバレンタインとか嫌いなんだよ銀さんは! 神楽、今からリア充爆発させにいくぞ」
「了解アル!」
「ええぇぇぇ!? ちょ、ちょっとそんなことしちゃダメですよ! 大体僻んでるだけじゃないですか……って聞けェェェェェ」

きっちりコートとマフラーを身につけて二人は出て行った。
新八くんの叫びも虚しく、定春までいなくなってしまう。
急に静かになった中、新八くんの叫びが余韻として残っていた。
息を切らして、整えてから新八くんがぎこちなくこちらを向いた。

「あ、えっと、す、座りますか? お茶いれてきますね!」
「あ……ありがとう」

お言葉に甘えて座らせてもらって、机にチョコレートを置く。
やがて、新八くんはお盆に、いつも見かけないティーカップを運んできた。
二人分のティーカップと、ティーポット、砂糖らしき入れ物がカチャリと音を立てる。
ティーポットの注ぎ口から、白い温かい湯気が立ち上り、それとともにふわりと優しい甘い香りが漂う。

「ダージリンだ……。紅茶なんて珍しいね、どうしたの?」

新八くんが紅茶を注いでくれるのを見つめながら尋ねる。
すると、新八くんは震える手を押さえるようにティーポットをカップから離す。
そして、恥ずかしそうに顔を赤らめて言いよどむ。

「そ、その……昨日、姉上に頼まれて買い物に行ったときにバレンタインデーの売り場が目に入って。明日バレンタインだと思ったら、似伊さんの顔が浮かんでしまって……ついこの紅茶を買っていたんですよ。
期待……はしていないつもりだったんですけど、毎年姉上のみにもらっているので本当にもらえるなんて思ってもいなかったのですごく嬉しいです……!」

顔を赤くしてそれを隠すように私とは目を合わせてくれない。
ティーポットがカタカタと音を立てている。
少しでも私のことを思っていてくれたことが嬉しくて、また笑ってしまった。
新八くんはさらに恥ずかしそうに俯いてしまったけれど、嬉しくて仕方がない。

「ううん、私もすごく嬉しい……。チョコレートと紅茶は良く合うし、大好き」
「ほ、本当ですか? よかった……」

安心したように、また紅茶を注ぎ始める。
ポットがおかれると、二人で紅茶を一口ずつ。
少し葉が開いている気がするけれど、それも中々美味しかった。

「じゃあ、改めて。ハッピーバレンタイン、新八くん」
「……ありがとうございます!」

新八くんは素敵な笑顔で受け取ってくれる。
開けていいか尋ねられて承諾すると、ラッピングのされたリボンをするすると解いていく。
濃い茶色に金色の文字でブランドの名前が入っている蓋を恐る恐る開けて、ようやくチョコレートが姿を現す。
薔薇の形をしたチョコレート、プリントチョコレートに、シンプルな丸い形のチョコレート、端の方には動物の形をしたものもちょこんと置いてある。
実をいうと、私も買うのに必死で味を確かめていない。
ただ、写真を見て買ってしまったのでブランドのものとはいえ、美味しいかは不安だった。
ホワイトチョコレートが苦手な人もいるし、フルーツ系が嫌いな人もいるし……シェルチョコレートが苦手な人もいる。
ましてやお酒なんて入っていたら大変だ。
はらはらしている私とは対称的に、新八くんは瞳を輝かせて私とチョコレートを交互に見る。

「これ、本当にいただいていいんですか?」
「う、うん。新八くんに買ったんだもの」
「うわあ……で、ではいただきますね!」
「でもね、あの……あ」

私が言い淀んでいるうちに、口に放り込まれる薔薇の形をしたストロベリーチョコレート。
もぐもぐと大きな変化はないように見えるので一安心していると、新八くんは勢い良く私を見た。

「似伊さん……」
「は、はい……?」
「こ、これ、すっごく美味しいです……! 口の中で自然に溶けていって……甘すぎなくて!」

新八くんはそういうと、思い出したようにはっとしてティーカップを持って一口飲んだ。
そして、もう何度目なのか瞳を輝かせた。

「本当ですね……。似伊さんの言った通り、チョコレートと紅茶が良く合います! 似伊さんからもらったものですけど、一緒に食べましょう!」

にこにこと嬉しそうに言われるものだから、胸がきゅうっと締め付けられるようで。
にやける顔を隠すように紅茶を一口飲んだ。
その後、私の心配も意味なく、新八くんはぱくぱくと食べてくれて私も一緒に少し遅いティータイムを楽しんだ。







素敵な午後のバレンタイン。







(銀ちゃん、中々いい事するアルなあ)
(あー、なんのことか銀さんわかんねーなあ。手始めに真選組乗り込むぞー)
(了解アル! あそこならトッシーやサドのチョコ食べ放題ネ!)

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