多ジャンル小説置き場

□彼より彼
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「私、顔は臨也が好きだよ」


池袋の路地裏でシズちゃんが投げてくる自動販売機を避けると黒髪の彼女が言った。
シズちゃんは顔をしかめたまま、新たに持ち上げた自動販売機を地面に降ろす。
なぜここにいるのかは分からないけど、追いかけてきたんだろう。
なんたって、彼女は運動神経が人間の数倍も高いからね。


「顔は、って……どういうこと? 似伊。性格だっていいでしょ?」

「そういうところが嫌。性格はシズちゃんの方が大好きっ」

「ちょっと待って。なんで俺には『大』が着いてないわけ?」

「えー、だって私、シズちゃんの方が好きだもん。ていうかシズちゃんのすべてが好き」


結局、俺が比べられた理由は何?
あー、ムカつく。
シズちゃんなんて怪力馬鹿じゃん。


「てめぇ……臨也、誰が怪力馬鹿だぁ……?」


あ、またシズちゃん怒らせちゃった。
こんなことでも怒るなんて、シズちゃんは学習しないのかな。
俺としてはしてほしくないけど。
楽しくなくなっちゃうからね。


「怒るシズちゃんもかっこいいよね、臨也」


そんなこと聞かれても困る。
似伊は俺に何をさせたいんだろうか。


「俺には分からないよ、そういう趣味ないし」


似伊がどういう趣味? と首を傾げると同時に、ゴミ箱が吹っ飛んでくる。
一歩後ろに下がると、近くに似伊がいた。

そうだ、彼女を人質にすればいいか。
彼女がいればシズちゃんも物投げないし。


「えっ、わっ?! い、臨也?!」


素早く似伊の腕を掴み、引き寄せる。
似伊は高いヒールを履いていたせいかバランスを崩し、俺にしがみつく。


「うわっ、最悪! 臨也に抱きついちゃった! シズちゃんヘルプミーッ!」

「似伊って失礼極まりないよね」


似伊はまた首をかしげる。
運動神経が良くても頭は弱いらしい。
そんなことを考えると似伊に「臨也だって!」と反論された。
直感は良いらしい。


「似伊がシズちゃんの方が好きだって言うからだよ。俺は似伊が好きなのに」

「……え」


似伊が俺の顔を見上げる。
ぽかんとした顔が徐々に赤くなっていく。
本当、面白いな。
純粋なんだか、馬鹿なんだか……。


「てことだから、またね。シズちゃん」

「うあっ?!」

「……ホントむかつくよな、てめぇは」

「なんとでも」


ひょい、と似伊を担ぎ上げシズちゃんに背を向ける。
今だけは追いかけてこないという自信はある。


「あ、し、シズちゃんっ! またねっ」


俺に担がれたままシズちゃんに手を振る似伊。
背中でシズちゃんの舌打ちが聞こえた。
そのすぐ後、似伊の声が耳元で聞こえる。


「……臨也さん臨也さん、さっきのは冗談?」

「さっきのって?」


惚けてみせると似伊がうなった。


「そんなこと言うなら……やっぱりからかわれた……っ、馬鹿!」

「はいはい。嘘だよ、俺は似伊が好きだよ」


ぽん、と背中をたたくと俺自身も叩かれた。
痛くないけどイライラが感じられる。


「本当は似伊だって好きでしょ?」


脇を抱えて目を合わせるとバタバタと暴れる。
また顔を赤くしちゃって、そんなに恥ずかしいかな。


「なにがっ、臨也なんか……、っ?!」


ピタリと似伊が固まる。
抱きしめながら間近で見ると相当驚いていることがよくわかった。


「黙らないとこうなるよ」


近づけた顔を離し、地面へと降ろすと似伊は涙目で俺の胸へと突進してきた。
あ、突進って言うなって言われた。
突進みたいだからいいと思うけど。


「ほんっと……臨也って存在が最悪っ……」

「そんな誉め言葉、今までで初めてだよ」

「誉め言葉じゃないしっ! ……でも、まあ……なんだろうね。シズちゃんには負けるけど好きだよ、臨也のこと」


シズちゃんには負けるけど、ともう一度繰り返す。
それが無性に気にくわなくて似伊を痛い程に抱きしめた。


「いたたたっ、臨也痛いっ」

「……いつかシズちゃんを負かせてやる……」

「はっ?! 今なんて……痛い痛い! 骨折れる!」






そのまま折れればいいと思った。






(ほんとは臨也の方が好きだなんて言ってやらないんだから!)

(どうしよう、シズちゃんを殺しちゃえば負かせるかな)

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