多ジャンル小説置き場

□窒息死
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この状況で正常な人は極僅か。
ここまで生き残ったのだって、正常ではないからだと思う。
かく言う私も、生き残ったということは正常じゃない。
まあ、周りの人に比べたらマシな方だとは思いたい。

「なーに考えてんの」
「ひやっ!?」

箱の部屋で隔離された緊迫した状況下、ぼんやりと考えていた私の目の前に大きな顔。
それは、私たちの中でも最も異常な人物の顔だ。
天谷武、出会った場所が同じ高校でないことは幸いだ。
この状況で出会ったのもどうかとは思うけど。

「あ、天谷くん、ちょっと近いんじゃあ……」
「なに、気にしてんの?」

私の反応が面白かったのか、ご機嫌な様子でもっと距離をつめられる。
いやいや、このいつ死ぬか分からない状況でこんなことされても。
……と思うのが普通なんだろうけど、私が異常なのはきっとこういうところだ。
この状況で、この目の前の、最も異常な人物に恋をしたのだから。
きっかけはよくわからない。
気がついたら好きになっていたし、目で追う度に好きなところが増えていった、という感じ。
異常だからこそ恐怖もなく敵に突っ走るところとか、状況を楽しんでいるところ、それ以外にはあまり興味を示さないこと。
そして、生き残りゲーム以外には興味を抱かない彼が私に興味を示してくれたこと。
それが嬉しくて堪らなかった。
きっと私は、誰かに必要とされなければ生きていけない人種なんだろう。

「い、一応、男女間の距離は適切に取るべきだと思ってて……」
「一応ってことは、別に破ってもいいんだろ?」
「うぐっ……」

そう言われてしまえばおしまいなのだけど、これでは心臓が持たない。
心なしかさっきよりも距離が詰まっているし、もう、すでに唇さえ触れそうだ。
息をしようものなら、お互いの吐息が混じり合って酸素を奪われる感覚。
このまま、触れてしまえばいいのに。
私は、彼の天然パーマの髪に指を通して、大きく息を吸った。

「……っ!」

天谷くんの目が見開かれる。
でもそれは一瞬で、触れ合った唇の形が変わるのが直接分かった。
大きく弧を描いて、そのまま、唇が離れてはまた触れる。
それを何度か繰り返すと、本当に酸素を奪われている気分だった。
段々息ができなくなり、このまま死んじゃうかも、と思うと同時に、それも幸せだな、なんて考えてしまう。
窒息って、結構幸せなのかもね。
頭がぼんやりして天谷くんの顔が薄れてきたところで、薄く開いた口から酸素が送り込まれてきた。
まだ視界は靄がかかっているけれど、意識ははっきりしてくる。

「あまや、く」
「人の生死を握れるって、最高だな」
「……ふふ、天谷くんがそれでいいなら、私も嬉しいなあ」

力なく笑って天谷くんに身を任せると、天谷くんは意外にもしっかりと抱きとめてくれた。
私を抱えて、私が座っていた場所に自分が座り、その足の間に座らされる。
後ろから抱きしめられると、力が出ない私はぐらりと傾いてしまう。

「今の、俺も結構きつかったし、ぎりぎりだな」
「それがいいんでしょ? 天谷くんは」
「もちろん。なんならもっかいやる?」

す、と頬に手が当てられて顔が近づく。
そうしたいのはやまやまだけど、今同じことが起こったら確実に次は死ぬ。
けど、抵抗する力さえも吸い取られてしまったようでそのまま天谷くんの顔を見つめることしか敵わない。
目で訴えるけど、天谷くんはきっと、分かっていてももう一度するのだろう。
天谷くんが、こうして私を必要としてくれるなら。







窒息するほどの口付けを。







(そうしてまた、唇が重なった)

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