多ジャンル小説置き場

□好物は肉なので
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多分、それはほんの冗談だと思う。
そうじゃないと困る。
この、天谷武に関しては。

「女の肉ってさ、柔らかいよな」
「なんで私を見ながら言うの。太ってるって言いたいの、セクハラだよ」
「食ってみてぇなあって思うんだよなあ」
「……は?」

目の前の男がべろりと舌舐めずりをする。
その光景に思わずぞくりとした。
こいつの言う"食う"が"食い殺す"に聞こえるのは気のせいだと思いたい。
他の正常な人ならセクハラだと笑い飛ばせるけど、こいつはやばい。
人の目の前で、簡単に人を殺すようなやつが言うのはやばい。
しかもこの状況、神になれるという条件の元のゲーム。
天谷は神になりたいらしいからライバルを減らすのならこういう手も使うだろう。
このまま、首や腕、腹に足へ噛みつかれてそのまま肉を食い千切られたら、そう考えただけで悪寒がする。
と、考えている場合でもなく、私とこいつとの距離はぐっと縮まっていた。
身の危険を察知して身体が震える。
ただ、休息だからと座って話をしていたのにどうしてこうなった。

「本当に食べようとしてんの?」
「味見程度ならいいだろ? 俺、肉好きだし」
「よくないよくない、あんたはなにするかわかんない、ていうか好きな食べ物聞いてない、触るな近づくな」

足で体を押すものの、筋肉質な体には通用しない。
逆に私がその腹筋で押されている。
足、折れそう。

「いーじゃん、減るもんじゃねぇし」
「あんたは物理的に減らすから嫌なの」
「えー、じゃあ首にしようと思ったけど指で我慢してやる」
「いやいや、ほんとに、もう、触るな」

壁際に追い詰められ、逃げ場を失う。
しかし、足元がガラ空きなので即座に背中を壁から床へずりずりと移動させる。
天谷の足の間に寝転ぶような形になるけど、抜け出せそうだ。
もう少しで脱出! と思いきや、天谷相手にそうもいかなかった。
腕を掴まれ両腕を床へ押さえつけられると、天谷が私の腹辺りに乗っかった。
筋肉と男の体重が重なって非常に重い。

「今の、ミミズみたいだったぞ」
「ミミズの気持ちになってた」
「逃げようとしたくせに」

ギリリ、と腕を強く掴まれる。
思わず顔をしかめると、天谷はヒュウ、と口を鳴らした。
手首の感覚が薄れていき、ぴりぴりとしてくる。

「今の、いい顔してんなあ。もうほとんど感覚ないだろ?」
「分かってんなら早く離して」
「まだ、ダメ」

腕が持ち上げられる。
手首が岩を持っているような、やけに重い気がして抵抗するにもできない。
何をするのかとじっと見つめていれば、天谷は一瞬こちらに目を向けて不敵に笑った。
まるで、獲物をじわじわと追い詰めるかのような視線。
鼓動が大きくなる。
天谷は、口をぱかっと開けると、私の手を自分の口へ誘導する。
もがこうとするけれど、びくともしない。
やばい、噛みちぎられる。
そう思ったときには、天谷に味見をするかのように指を舐められた。
ぺろぺろと子犬のように舐める姿に拍子抜けする。
感覚はほとんどないのでわからないけど、気分は良くない。

「なんかお前、甘い」
「さっきお菓子食べたからね。いちかと一緒に」
「ふーん、でも、これじゃ似伊の味わかんねぇな」
「一生わかんなくていいから離せ」

少しの恐怖もないと言ったら嘘になる。
なのに、私は威勢だけはいいらしい。
逆に、今はとても安心していた。
舐めるだけだったのだから。
ほっと息を吐き出すと、今度はちくりと痛みが走った。
じわじわと痛みが広がる。
手首がそろそろ限界を迎えたのかとも思ったけれど、痛んだところがどくんと脈打っている。
鼓動に合わせて血が押し出されるような。
……まさか。

「ちょ、なにしてくれてんの!」
「こーしたら、お前の味がわかるだろ」
「それただの血だし、鉄の味しかしないって! いった、ほんと、やめろ!」

唯一自由な足をばたつかせるけれど効果がない。
天谷の歯によって抉れた指からは血がだらだらと溢れて、腕を伝って服にまで付着している。
感覚が戻ってないからマシなものの、今腕を離されたらとんでもない痛さだろう。
それより、こんなに長時間麻痺していたら跡は残るしもう二度と感覚が戻らないんじゃないだろうか。
そんな余計な心配をしている私にはお構いなしに、天谷は私の血を啜る。
吸血鬼か。

「血、足りなくなるってば。いざというとき貧血起こしたらどうしてくれんの」
「そんときは俺が担いでってやるよ」

腕に伝う血までも舐め取られる。
普段、舌が這う場所ではないためにぞわりと鳥肌が立つ。

「いくらあんたでも無理だって」
「今の俺には似伊の血も流れてんだぜ? 余裕だって」
「そんなわけないじゃん」

ため息をつきながら言い捨てる。
天谷は楽しそうに、"じゃあいざというときやってやるよ"とくつくつと笑った。
こいつだって人間だ。
人一人担いで死から逃れようとするなんて無謀すぎる。
ああ、それとも、ここまで期待させといてあとは捨て置くってことかな。
こいつは悪趣味だから。
未だに傷口を舐める天谷をぼんやりと見ながら考える。
抉れたところを何度も舌が這って変な感じ。
舐める度に見える舌は、もともとの赤さと混じって赤黒い血に染まっていた。
不意に、天谷が私の指から口を離した。
腕も解放されて、徐々に感覚が戻ってくる。
噛まれた箇所の痛みが想像してたよりも遥かに痛い。
思わず顔をしかめる私を知ってか知らずか、天谷は口角をあげて最初と同じように舌なめずりをする。

「ごちそーさま」
「で、結局どうだったの」
「んー? 美味かったよ、お前の血は甘かった」
「私の血"は"?」
「そこらへんに転がってるやつのはすげー不味かった。吐きそうになる」

おいおいおい、こいつはなにをしてるんだ。
人間の体の中には色んな菌がうようよしてるっていうのになにをしてるんだ。
いや、今更だけど。

「馬鹿じゃないの」
「なんなら俺の血と比べる?」
「何言って……」

瞬間、鉄の臭いが鼻から抜けていく。
何が起こったのか簡潔に言うと、天谷とキスしている。
口に指を入れられて閉じられないようにされると、天谷の舌が口の中に侵入してきた。
その舌を伝って、私の舌へ味覚を刺激する鉄の味。
恐らくの推測だけど、天谷は自分の口の中を噛んで傷を作ったのだろう。
味覚と嗅覚が血で充満して、頭に靄がかかったようになる。
えずきそうになるのを堪えると出したくもない涙が溢れてくる。
それを見て満足そうな顔をした天谷は顔を離して口の中から指を抜いた。
私の上からも退いてくれる。

「おえ……」
「俺の血、不味かった?」
「まっずい……」

ふーん、と興味なさそうに呟く。
なにがしたいんだ。
こっちは血の味がトラウマになるところだっていうのに。
しばらく口の中を切らないように気をつけよう。

「でもこれで、お互いの血が流れてるよな?」
「……あんたに取られた分は補給できてないけど」
「倒れてもらっちゃ困るからな」

ほんとは肉が食いたかったけど。
そう言った天谷の言葉は聞かなかったことにしておこう。







噛みちぎられなかっただけマシと思おうか。







(ていうかほんとに痛い、これ)
(早く止血しねーと死ぬぞ)
(あんたがやったんでしょ)




何がしたいのか途中でわからなくなりました。
もっと言葉のレパートリーを増やしたい…!

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