年一 小説

□一年目、八月一日
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私は、至って普通の人間だ。
魔法を使えたり、空を飛べたりなんかできない。
……その可能性も充分にあったのだけれど。
私が迷わないように、こうしてやさしく手を差し伸べる父が魔法使いなのに、なぜ私にはその血が流れなかったのだろう。
もし、そうだったのなら、非科学的なことが嫌いな親戚を見返せるのに。
魔法は素敵なものだということを。

「メアリー、今日は特別にいいところへ連れて行ってあげよう」

父はよく私や母をを色々なところへ連れて行ってくれていた。
遊園地や動物園、ショッピングや水族館。
ここ十一年間で、それは数え切れないほど。
魔法使いとは思えないようなくらい、人間の集まるところばかりだった。
きっと、自分のように人から気味悪がられるからなのだと思う。
父は幼いころから周りに気味悪がられていたために人が苦手なのだ。
故に、自分が苦手でも、私に同じ思いをさせないよう、そうさせているのだと思う。
……私なんて、魔法はさっぱり使えないのにね。

「これから行く場所は、本当に特別な場所だよ」
「そういうところなの?」
「"漏れ鍋"というお店だよ。少し汚れてはいるけど、楽しいところだよ」
「もれなべ……?」
「ああ、漏れ鍋だ」

そういう父の顔は、いつも出かけるよりも生き生きしているように見えた。
父がこんなに顔を輝かせているのだから、きっと素敵なところなのだろう。
つられるように私もうきうきとしていると、着いたのは至って普通の通りだった。
ここが特別の場所なのだろうか。
おまけに人が多いものだから、父とすぐに離れそうになる。
父は私の手を引いてくれて、お店や人をたくさん通り過ぎた。
ふと、歩みが止まったと思うと、少し汚れたお店。
周りとは全く違う。
父は慣れたように中へ入っていく。
とりあえず着いていくと、中は薄暗く、先ほどの通りから入ってくるとすぐには目が慣れなかった。
辺りを見回すと、お酒を飲んでいる人やパイプをふかしている人やら様々。
こんな場所に私がいてもいいのやら。

しかし、父はお酒を頼むでもなく、何より席にも座らなかった。
ただ、周りの人に軽い挨拶を交わして奥へ進んでいく。
ぼんやりとその様子をぼんやりと眺めている私に、父はやんわりと笑って、手招きした。

「ほら、到着だよ」
「……お父さん、壁しかないよ」

父と二人でたっているのは、壁に囲まれたお庭。
ぺたぺたと壁を触ったり、叩いてみたりするけれど、何の変哲もない。
首をかしげると、父は楽しそうに笑って私の腕をとった。

「これはね、叩く煉瓦が決まっているんだよ」
「煉瓦?」

父は笑顔で頷いて、私の腕をその煉瓦へと導いた。
ゴミ箱の上の煉瓦。その中の、ある煉瓦でとまる。
「三回、ノックしてごらん」父のその合図で、私の気持ちが高まっていた。
この煉瓦を叩くと、どうなるのだろう。
父の言っていたそれは素敵な世界が広がっているに違いない。
私は、父と同じ心持で、その煉瓦を三回叩いた。

その煉瓦を始め、勝手に煉瓦が動いていく。
正しくいうならば、アーチ状になって道が開けていった。
私たちを招き入れるように。
その光景だけでも驚いているのに、その先には人で溢れ返っていた。
見たこともないお店も立ち並び、人が出入りしている。
呆然と立ち止まっていると、お父さんはどんな瞬間よりも輝いた笑顔で興奮気味に言った。

「ここが、ダイアゴン横丁だよ。お父さんもここで魔法学校に行く前に色々揃えたんだ」

ダイアゴン横丁。
そこが、私が目にする初めての世界の名前だった。

鍋屋さん、ふくろう屋さん、薬屋さんなど。
他にも、もっともっと不思議なお店はたくさんある。
お父さんは一つ一つ説明してくれた。
中には、お父さんがよく持っているのを目にしていたローブを売っているお店や羽ペン、羊皮紙のお店なんかもあった。
浮き足立って色々と眺めていると、父に手を引かれた。
次はどんなお店を見せてくれるのだろうと振り返ったとき、先ほどとは全く違う表情で通りの方を見ていた。
お父さんの視線の先を見ると、綺麗な銀髪の男性と、その男性と似た、髪色が違うだけの男の子。
思わず見とれていると、その親子らしき二人はこちらに気づいた。
そして、銀髪の男性が、プラチナブロンドの男の子を連れて近づいてくる。

お父さんがぎゅっと私の肩を引き寄せる。
顔が険しい。
そのお父さんの顔を見て、私は直感で思った。






――少し、苦手だ。






(一瞬にしてお父さんをこんな顔にするなんて)
(あまり好きではないことは確かだ)
 

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