僕と先輩と兄さん 小説

□火蓋が切られる
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僕の先輩ーーリデラ先輩はどうしようもなく鈍いと思っていた。
普通、年下とはいえ異性に手を握られたりすれば驚くはずなのに、首を傾げられて逆に握り返される。
こちらがやったのに不覚にも逆にときめいてしまう。
また別の日には、思い切って後ろから先輩に抱きついたりしてみたけれど逆に前から抱きしめられて先輩の胸へ顔を埋めてしまったこともある。
あの時は恥ずかしくて死にそうになりました。
好きです、と言っても先輩は本当に嬉しそうに「ありがとう、私もレギュが大好きだよ」と言われてしまう。
違うんです先輩、と言っても先輩の顔を見てしまうと改めて言うのも恥ずかしくて。
終いには頭を撫でられたりなんかして子供扱いされているようで切なくなる。
他にも、目に見えるようなアピールをするものの、予想外の行動を取られていつも失敗する。
"先輩は鈍いのだから、行動し続けていればいつかは気づいてくれる"という考えが間違っていると気づいたのは、ホグワーツが雪で輝く頃だ。

寮が違えど、先輩とは毎日のように一緒に朝食をとっていた。
今日は寒いけれど雪が一面に広がる庭に出て、大広間から持って来たパンに卵やベーコンを挟んで軽い朝食をとる。
今日は何やら先輩は落ち着かない様子で、ずっとそわそわしている。
黄色と黒のネクタイもきちんと締めていなかったし、よく手遊びをして僕のことを何度も見ていた。

「リデラ先輩、何かあったんですか?」
「えっ、な、なんで?」
「……先輩の態度が先程からおかしいからです」
「そ、そうかな」

どうやら先輩は気づいていなかったらしい。
少し頬を赤らめて、気恥ずかしそうに微笑むとサンドウィッチを頬張ってまた僕をちらりと見た。
これはもしかして、と思ってしまう自分がいて、平常心を装う。

「……何かあるなら言ってください。僕にできることならお力になりますよ」

話題を切り出すよう促すと、先輩は瞳を輝かせて僕を見て。
その姿が出会った時から変わらず可愛いと思ってしまって、またしてもこちらが照れてしまう。
先輩はサンドウィッチを落としそうになりながら器に戻し、僕の手を握った。
寒いはずなのに先輩の手は暖かく、間近にある先輩の顔で僕の体温が上がっていくのが分かる。

「ほ、本当!? 力になってくれる……?」
「……はい、もちろんです。先輩の為ならば」

少し意識して言ってみるものの、先輩は泣きそうな程微笑みを零して、僕を力一杯抱きしめた。
ふわりと舞う花のような香りが体に染み込むように強く抱きしめられる。
柔らかな体もまた暖かくて、思わずサンドウィッチを落としてしまう。
勿体無い、なんて思う場合じゃない。
サンドウィッチなんて小鳥たちが啄ばんでくれる。
先輩に抱きしめられていることの方が大事だ。

「よかったぁ、レギュ、嫌がるんじゃないかと思って……。あんまり良いことは聞いてないし、どうしようかなって思ってたの。でも、レギュがそう言ってくれるなら少し気が楽になったよ」
「……そうですか?」
「うん、本当! それでね、あのね。話したいことっていうのが……私、レギュのお兄さんとお付き合いすることになったの!」
「……はい?」

弾むような声で先輩が話しかける。
花のような笑顔を見せて、桃色に頬を染めて口元を緩ませる。
大きく息を吐いて安心したように肩の力を抜いていた。
本当に緊張したようで、体から伝わる心臓の音が響いてくる。
……って、ちょっと待ってください。
今、先輩の口から最も聞きたくない告白が聞こえたのですが。
先輩が、兄さんと、恋人同士?
何か悪い夢でしょうか、いいえ、夢に違いありません。
先輩と兄さんが話しているところなんて見たことがないですし、なんの接点もありません。

「レギュがね、お兄さんのことをあまり良くは話してくれないからどんな人なのかなあ、って覗きに行ったの。声をかけるタイミングを計っているうちに、お兄さんの方から話しかけてくれてね、レギュとの色んなお話聞いたよ」

ああ、僕は馬鹿ですか。
僕が接点になってしまっているじゃないですか。
絶対に兄さんに近づかないようにと兄さんのことは話さなかったのに、逆に近づいてるじゃないですか。
先輩も優しすぎるからこんなことになったんですよ、そういうところが好きです。

「それでね、たくさんお話する機会があって……合同授業で一緒になったり、廊下ですれ違った時にも挨拶するようになって。お兄さん、優しいんだね。いつも問題起こしてるから怖い人だと思ってたけど、荷物運んでくれたり、レギュの心配もしてたよ」

先輩、目を覚ましてください。
先輩はきっと兄さんに騙されているんです。
兄さんなんてそこらにいる女の人を皆引っ掛けてますよ。
ギャップとかいうのに女性は皆弱いんですから、それを狙ってるんです、きっと。
僕がホグワーツに入学してから一言二言しか会話していないのに何が心配ですか。

「いつもスネイプくんと一緒にいたり、一人でいたりするところも見るから、寮も違うし結構気にしてたみたいだよ。スネイプくん、優しいのにね」
「……そうなんですか。それで、なんで付き合うことになったんですか?」

どうにでもなれ、と投げやりな気持ちで聞いてみると、先輩はぴくりと肩を揺らして「えーと」と唸り始めた。
そんなに言いづらいものでしょうか。
何にせよ、きっかけを聞いておかなければ納得しない。
そして、その落とし穴を見つけて兄さんを問い詰めます。

「うーん……とっても恥ずかしいんだけど……つい、口に出しちゃったんだよね」
「……はい?」
「お話してて、素敵だなって思ってたら……つい、告白、しちゃって」

先輩が僕の肩に顔を埋めて少し強く抱きしめる。
一方の僕は、状況が掴めず、思考の整理も出来ずに先輩の言葉が頭にぐるぐると回っていた。
……つい?
つい、で僕の恋が終わるんですか。
しかも先輩から告白したんですか?
そんな馬鹿な。
そもそも、先輩は僕の告白にも気がつかなくて、それなのに兄さんを好きになって……。
……ああ、つまり。
そこまで考えて、頭の中が一気に冷めていく。
……つまり、僕は異性として見られていなかったんですね。
表現しても、それは弟からされているスキンシップみたいなもので。
ときめかないはずですね。

「私ね、レギュとお兄さんが仲良くできたらいいなって思ってるの。余計なお世話かもしれないけど……少しでも仲良くなったら楽しいと思うよ。兄弟ってそういうものだと思うし」
「……先輩は、ご兄弟がいないんですよね」
「うん。だから、レギュと仲良くなれたときは嬉しかったなあ。後輩っていうより、家族みたいだもの。……でも、お兄さんとお付き合いできたから、私、レギュのお姉さんだね」

先輩はようやく僕から体を離し、今度は手を握ってにこやかに笑った。
僕にとってその笑顔はとても不利なのだけれど、好きになった弱味。鼓動が高鳴る。
僕だって、先輩は家族のように思っていましたけど、立ち位置だけが違う。
先輩とお付き合いするのが僕だと思っていたんです。
それを横から、あの兄さんに奪われるなんて。
僕としたことが不覚でした。
……でも、兄さんのことです。
先輩とは真剣にお付き合いしていないのでしょう。
それなら、先輩に早く目を覚ましてもらうだけです。
ぐっと、意思なくリデラ先輩の手を握りしめ、決意を固める。
すると、それを見計らっていたようにあの人が現れた。

「リデラ……とレギュラス、なにやってんだよ」
「あっ……シリウス」
「……兄さん」

兄さんの声が聞こえた途端、先輩は緊張からか僕の手を少し強く握って。
先輩が向いた瞬間に、兄さんに見えるように嫌そうな顔をしてみせる。
兄さんにもあの鋭い目で見られるかと思いきや、逆に口角をあげて薄く笑われた。
その意味が分からなかったけれど、兄さんが先輩の方を向いたので疑問を頭から切り離した。
二人で談笑する様子を監視するようにじっと見つめる。
兄さんが先輩に変なことをしないように。

「……それより、お前、今日の魔法薬学でテストあるから教えてくれって言ってなかったか?」
「あー、そうだったね……」

桃色に染めていた頬が急に冷めていった。
兄さん、嫌なこと思い出させましたね、先輩に。
先輩の気持ちもわからずにそんなことを言ってしまうなんて、恋人失格なんじゃないですか?

「……じゃ、次の授業終わったら図書室で教えてやるから、早く来いよ」
「う、うん……ありがとう、シリウス」
「リーマスに教えてもらう方がよっぽど良いと思うけどな。……じゃ、またあとで」
「うん」

先輩が頬を緩めて笑うと口角が上がって彼女のふっくらとした頬に、兄さんが唇を落とした。
先輩は身を固くして動かなくなり、兄さんはその様子を見て小さく笑った。
あんな顔、あの人でもするんですね。
油断していた自分を憎みながら去って行く兄さんの後ろ姿を睨んでいると、その背中が僅かにこちらを向いた。
その時に見えた顔は、さっきの僕と同じ顔をしていた。
"ざまあみろ"。そう言われていると分かるのは、やはり血でしょうか。
あの様子、恋仲だと見せつけた訳ですか。
つまり、僕が先輩に好意を持っていたと知っていましたね。
……いつか、あんな顔は二度とできないようにしてやりますよ。






戦いの火蓋が切られる。






(レ、レギュ……ご、ごごごごめんね、その、そんなつもりじゃあ……)
(……大丈夫ですよ、先輩。それより先輩は大丈夫ですか?)
(えっ、う、うん……?)

((アバダかけてやりたい気分です))

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