短編【HP】

□冷淡な先輩
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僕の先輩は変わった人だ。
スリザリン生とグリフィンドール生が口論をしていても、防音呪文をかけているかのように素知らぬ顔で読書をしている。
口論に参加しないことを問われたときの先輩の瞳といったら。
三つ頭の犬でさえ亡き者にしてしまいそうだ。
むしろ、トロールが目の前に現れても倒してしまいそうなくらいに。

いつも無愛想で無口で、スリザリン生には珍しく半純血の魔女でマグルの差別なんて関係ない。
というよりも、興味がないのだろう。
先輩が興味があることと言えば、マグルのことやホグワーツの歴史、禁断の森についてなどなど。
雑学の方にしか興味がない。
かと言って、魔法の勉強をしていないわけでもなく成績優秀だ。
性格のためか、ほとんど一人でいるけれど友人も少なからずいる。
同じ寮のスネイプ先輩と、スネイプ先輩繋がりでのグリフィンドール生、リリー先輩。
他にもグリフィンドール、ハッフルパフ、レイブンクローにもいるらしい。
特にその二人といるときは、くすりとも笑わない先輩の表情が緩む。
それを見て僕も仲が良くなりたいとは思っているけれど、いつも鋭い目をされる。
原因は、あの馬鹿兄さんだ。
今もその兄さんたちに先輩が冷たい視線を向けながら杖を向けている。

「急にセブルスになにするの。怪我するところだったでしょ、ステューピファイ」
「怪我でもすれば少しは学習するんじゃねえの? インセンディオ!」
「あなたが学習するべきね。こんな幼稚なこと、いつまで続ける気? アグアメンティ」
「おやおや、それに反抗する君も僕らと同じようなものじゃないかい? インパーピアス!」

女の子の先輩に対して二人がかりというのはどうなんでしょう。
全く、呆れますね。
でも、さすが成績優秀者同士、一歩も譲らない。
口論をしながらも正確に呪文を唱えていく。
冷静な判断力も必要ということですね。
不服ですが、兄さんたちもできていますし見習わないといけません。
傍のベンチに座ってため息をつきながら、先輩に加勢すべきか考える。
スネイプ先輩は教科書や図書館で借りた本を床に散らしているし、リリー先輩も止めることができないようでスネイプ先輩に寄り添っているため、近寄れないようだ。
ただ、僕が加勢したとしても確実に先輩に嫌な顔をされる。
「邪魔しないで」なんて言われるのが目に見えますね。
こんなに嫌われるのは、兄さんたちが先輩のことを勝手にスネイプ先輩と同じ考えだと思っているから悪いんですけどね。
先輩はスネイプ先輩の考えに賛同してはいるものの、それ以外の闇の魔法に関することは無関心です。
それが原因でスネイプ先輩と同じように攻撃されるようになってしまって、災難ですよね。
先輩は気にせずに跳ね返しているみたいですけど、親しい人が攻撃されると黙ってはいないらしい。

「ポッター、あなた隣にリリーがいたのに気がつかなかったの? あなたの大好きなリリーまで怪我をするかもしれなかったのよ、エクスパルソ」
「僕らがスニベリーを外す訳ないだろう? コンファンド!」
「あなた、最低の最悪ね。頭はいいくせにそんなことも理解できないの? 隣に愛しの彼女がいるのに危険な目に合わせるのかって聞いてるの。シレンシオ」

こんな出来事ももう何回目でしょうか。
堂々と校内で授業時間以外に魔法を使っているため、すでに名物となってしまっている。
周りには野次馬がたくさんできて、先輩を支援する声や兄さんたちを支援する声が入り混じっている。
先生たちからも酷く怒られているはずなのに当人たちはやめない。
といっても、先生たちが止めようとしても聞く耳持たない。
最終的には、強制的に制止されて罰則を頂戴するはめになるのだ。

「女の前でいいところ見せようとして何が悪いんだよ。まさかお前、嫉妬してんの? ディファンド!」
「まさか。あんな奴のために人生初の嫉妬心を芽生えさせてやるものですか。ディフォディオ、地面」
「へえ、まだ嫉妬したことないんだ。じゃあ、恋愛もしたことないだろう。 デプリモ!」
「ないわよ。恋愛なんてただのごっこ遊びでしょ。ねえ、ブラック?」
「おい、なんで俺にふるんだよ。お前ほんとむかつく。デンソージオ!」

ひょいひょいと二人の呪文を避ける。
先輩が反撃しないのを見て、兄さんたちも一度止まる。
しかし、杖は下ろさずお互いに向けあって睨み合って。
妙な緊張感が漂い、やがて先輩が口を開いた。

「あんたたちが私のことを嫌いなように、私もあんたたちが大っ嫌い」
「それはそれは、光栄だね。両想いじゃないか」
「最高だな」

口論の合間に、先輩の横顔を見ていると表情が変わった。
口角を上げて、陰った笑みを見せる。
今まで全く見せなかった、先輩の顔。
ああ、先輩もスリザリン生なんだと実感してしまうような、顔。
そんな先輩に胸が高鳴るのは複雑な気分だ。
先輩はすっと目を細めると挑発するように杖を少し上げた。

「本当、最低。こんなに心の底から楽しいなんて思っちゃうの、久しぶり」
「……やっぱり君も、スリザリン生だね」

そういいながらも兄さんたちもすごく楽しそうだ。
もう頭の良い(色んな意味で)人たちの考えることはわかりませんね。
そして、先輩は一頻りくすくすと笑ったあと、すぐにいつもの無表情になって口を開く。
兄さんたちが構えて、同じように口を開く直前に、杖を地面に向けて目線は外さず。

「エクソパルソ」

兄さんたちが呪文を唱えるために先輩から目を離さなかったおかげで、地面に向かって唱えられた呪文は命中する。
兄さんたちの足元で地面が小さく弾ける。
それに目を取られた瞬間を見逃さず先輩が続けた。

「エイビス」

先輩の杖から白い鳥がたくさん飛び立ち、周囲を飛び回る。
何十羽と飛び立った瞬間、また陰った笑みを見せて杖を兄さんたちに向けた。

「……オパグノ」

呪文で鳥たちが一斉に兄さんたちに向かう。
インセンディオなんて使われたら、と思う前に鳥たちが集まって兄さんをつついたり蹴ったりする。
しかし、さすがはグリフィンドールの悪戯仕掛人。
怯んだかと思えば隙間から手を伸ばして先輩に杖が向けられる。

「っ、ステューピファイ!」
「……っ!」

鳥たちで邪魔されたのだろう、油断していた先輩に直撃はせず、腕のみにかすった。
先輩が杖を落とし、目を離した時に呪文の効力は弱まってしまったようで鳥たちが徐々に離れていく。
先輩は手が痺れてしまったのか苦悶の表情を浮かべて膝をついている。

「危ねえな。傷ついたらどうするんだよ」
「……ご自慢のお顔が傷つくのはそんなに嫌かしら?」

兄さんたちが先輩に近寄る。
杖を握ることさえできない先輩に対して未だに杖を向け、勝ち誇った顔。
今まで五分五分の戦いだったために嬉しいのだろうか。
それよりもその顔、とてもグリフィンドールとは思えない顔してますよ。

「まだ余裕なんて、すごいね」
「お褒めの言葉ありがとう、ポッター」

兄さんたちが先輩に目線を合わせてにやにやと笑みを浮かべる。
全く、たちが悪いですね。

「そんなの今のうちだけどな。じゃ、その仏頂面、変えてやるよ」
「……勝っただなんて思わないことね、ブラック、ポッター」
「なんとでもどうぞ。今年は最高の一年になりそうだ」

兄さんの杖が先輩の近くに寄る。
先輩はその杖を見据えて、兄さんも睨んでいるように見えた。
兄さんが口角を上げて楽しそうに口を開く。
うーん、これは加勢してもいいんじゃないでしょうか。
先輩のいつものようではない姿を見るのはもっと先でもいいと思いますし。
先輩に嫌われようと仕方ありませんよ。
兄さんたちには気づかれないようにローブの中に手を忍ばせてタイミングを見計らう。

「よーし、じゃ、やるか。……リクタスセンプラ!」
「……アクシオ、ノエル先輩」

兄さんが唱え終わる少し前に口を挟むと、先輩の体がぐんっと僕の胸に飛び込んできて、なんとか受け止める。
兄さんの唱えた呪文は外れ、後ろの野次馬の一人に命中した。
笑い声がよく響く。

「ああ、よかったです。まだ習っていない呪文なのでちゃんと効くか心配だったんですよね」
「……ブラック弟」

やけに低いトーン。
あー、やっぱり駄目でしたか。
先輩が無事ならいいや、なんて開き直ると兄さんが驚いた表情でこちらを見ていることに気がつく。
そりゃあ驚くでしょうね。
まさか僕が助け舟を出すだなんて先輩も兄さんも思っていなかったでしょう。

「……レギュラス、お前……」
「ポッター!」

兄さんがなにかを言いかけると、リリー先輩がものすごい剣幕で兄さんの友人に詰め寄った。
そして友人の前に仁王立ちになった。

「なんだい、リリー!」
「あなた、セブルスだけでなくノエルにまであんな無茶させて! 私もいざとなったらあなたも彼女も止められないなんて情けないけれど。今度彼女に近づいたら許さないから!」
「ああ、リリー! どこへ行くんだい!」
「セブルスの手当てよ! ノエルのおかげでセブルスも擦り傷だけで済んだから私の治療だけで済むわ。ノエル、本当にごめんなさい。ありがとう。あなたもあとで手当てするわね」

先輩が僕の胸から顔を上げないまま何度も頷く。
リリー先輩がそれを見届けると、地面に散らばった本類をまとめ、スネイプ先輩を支えながら去って行った。
友人は、スネイプ先輩がいるためかついては行ずに去って行く背中を見つめるばかり。

「……先輩? もう大丈夫ですよ」
「…………」
「僕はすごく嬉しいですが、先輩は嫌でしょう?」
「……っ! う、うるさい!」

先輩が顔を上げる。
その表情に思わずこちらも驚く。
先輩の顔が真っ赤に染まっていたのだ。
また新しい顔が見れた喜びと、どうしていいかわからなくて混乱してしまう。
それを察したのか、先輩は顔を険しくして痺れている左手とは反対の手で僕を押し返す。
その反動で立ち上がると、くるりと僕に背を向けた。
すると今度は、兄さんがにやにやと笑い出す。

「……お前顔真っ赤だぞ。熱でもあんのか? ん?」
「黙りなさい、ブラック!」
「へー、ふーん」
「うるさいわよ! この、私にそんなこと……っ!」
「はは、いいじゃないか。君も女の子なんだね」

友人もからかうように言うと先輩には更に憤慨したようで。
落ちていた杖を右手で拾うと素早く杖先を向けた。

「エクスペリアームス!」
「おっと」

慣れない手で不安定なはずなのに、やっぱり魔法は真っ直ぐ飛んでいく。
兄さんの杖は飛ぶけれど、友人は軽々と避けて得意そうな顔。
けれど、先輩が見逃すはずもなく、今度は友人のみに杖を向けた。

「ウィンガーディアム・レビオーサ!」

ひょい、と友人の手から離れる。
それが先輩の足元に落ちると、先輩が赤い顔で冷たい瞳を向けて言い放った。

「いい、今度私にこんな目に合わせてみなさい。あらゆる呪いという呪いをかけて亡き者にしてやるわ」
「お前がそこまでできるならな」
「口を閉じなさいブラック!」

そのまま立ち去ろうと振り返る先輩と目が合ってしまう。
なんと声をかければいいのか迷っていると少し背の高い先輩は僕のネクタイをぐっと掴んで自分に引き寄せた。
突然のことに反応できないでいると、先輩は顔を赤くして小さい声でつぶやく。

「あなたもよ、ブラック弟。今度あんな恥かかされたらあんたも呪ってやるわ」

ぱっと手が離されたと思いきや、先輩は早足で去ってしまう。
やっぱり余計なことでしたね。
また嫌われてしまったか、と自分に呆れていると手に違和感。
ふといつの間にか握っていた手を開けば、小さな紙切れ。
そこに書いてあるもじは、まさしく先輩のもので。
先輩らしくも、先輩らしくないことに思わず笑ってしまう。






"お礼なんて絶対に言わないから"






(そのあと、結局先輩は兄さんたちにからかわれることになる)
(あの時魔法を受けていた方がましだったと、少し近くなった距離で恨めしげな目をして先輩は言った)

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