「絵本物語」小説

□魔法にかけられる
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結局、その日は授業を全て欠席してしまったらしい。
無断欠席、その理由も寝てしまったという最悪の理由なもので、マクゴナガル先生も呆れたようだった。
厳しく叱られた上に、今までやったことのない罰則を言い渡されて私は赤くなった目を隠すように俯いて先生の言葉を受け止める。
事実なので何も言えないし、友達に好きな人のことに触れられてふて寝したなんて。
シリウスにも申し訳ないし、しばらく顔を合わせられそうにない。

「……全く、テストが近づいて疲れているのでしょうが、それもすぐに終わります。楽しみはすぐにやってきますからもう少し頑張りなさい」
「……はい」

こくこくと頷いて意思を示すと、頭上からため息が聞こえた。
マクゴナガル先生はいつも厳しいけれど、少し私の心境を察してしまったようで。
次の授業も始まるというところでマクゴナガル先生は早々に罰則の内容を言い渡す。

「先ほど言ったように、テストも近づいてきています。今後の勉強にもなるでしょう。羊皮紙一枚きっちりと、毎日勉強なさい」
「……はい」

慈悲を感じる。
幸い、私は勉強が好きだし成績もそれなりだ。
羊皮紙一枚分なら、なんとかなりそう。
マクゴナガル先生に心の底から感謝して頭を下げて先生のお部屋から退出する。
去る前に、マクゴナガル先生が「グリフィンドールは5点減点ですよ」と加えたのを聞き届け、もう一度頭を下げた。
扉を閉めて盛大にため息をつくと急に湧いてくる虚無感。

何もやりたくない。
寮に帰ったら絶対にシリウスと顔を合わせるし、ジェームズとリリーにも会う。
そうすれば、ほら、思い出しただけで首が締められたように苦しくなる。
どうしようかな、と悩んだ末、そのまま授業に向かうことにした。
昨日の時点で呼び出されることは分かっていたから、まだ皆が起きてこない時間に出てきたし荷物も持ってきた。
そういえば、朝ごはん食べてないなあ。
ビスケットでも齧っておけばよかった。
今更になって空き始めるお腹を抑え、深くため息をつく。
足が重い。
教室に行けば皆にどんな顔をされるか。
ああ、なんか胃が痛くなってきた。

教室の前で深呼吸やらため息やらをしたあと、覚悟を決めて騒がしい教室の扉を開く。
普段なら扉が開いたくらいで騒ぎが収まらないものの、今日は一瞬ぴたりと止まった。
気にしないように気にしないように、背中を向けて扉を閉めるとそのまま一番後ろの隅っこに座る。
用意を整えている間も皆の視線がちらちらと突き刺さるのに耐えられなくて、ローブのフードを被って机に顔を伏せる。
早く先生来てくださらないかしら。
ぎゅっと耳を塞ぐように腕を引き締めると、隣から微かに、カタンと椅子の引く音。
誰かと思って腕の隙間から覗くと、制服を少し着崩してネクタイをまともにしていない、綺麗な横顔にかかる真っ黒な髪。
もう、本当に嫌になる。

「なあ、罰則受けただろ」
「…………」
「俺のせいなんだし、お前が受ける必要ないだろ」

私の方を向かず、普段は見ない教科書をぱらぱらとめくっていく。
その横顔には、少し赤い跡があって。
今度は目を固く瞑って、結構強かったんだなって思ってしまう。
シリウスの綺麗な顔に傷をつけてしまって、どうしよう。
謝りたいのに、なかなか言葉が出なくて自分が嫌になる。

「……話したくないなら話さなくていいけど。でもジェームズは」
「…………っ」

聞きたくない名前が飛び出して、思わず立ち上がって彼の顔を見る。
再び騒ぎ始めていた教室がまた静かになった。
別段驚く様子もなく、彼の策略だったのだと判断する。
彼は悪戯をしたときのように笑うと、私のフードを外す。

「ひっでぇ顔」

そう言われたことで、また馬鹿にされた気がして荷物を片付ける。
そしてシリウスが座っている席とは反対の、隅っこの席に座り直すともう一度机に突っ伏す。
やがて先生が来ると、自分に喝を入れるように頬を叩き、先ほどのことは忘れて授業に没頭した。
始めてしまえば簡単なもので、先生の言葉しか頭に入っていかなくなる。
おまけに私の得意な妖精の魔法。
楽しくて仕方がなかった。
けれど、鐘がなってしまうと魔法が解けたような虚無感に包まれる。
盛大にため息をつき、皆が教室を出たのを確認して席を立ち上がろうとすると声をかけられた。

「ミシェル、ちょっといいかい」
「……っ、リーマスか……びっくりしたぁ……」

心臓がドクドクと脈打つのを感じながら、フードをかぶる。
リーマスが首を傾げながら私の隣に座る。

「どうしてフードを被るの?」
「ちょっと、目が腫れてるから……」
「そっか」

それ以上追求してくれないことに感謝しながら、リーマスに要件は何かと尋ねると少し苦笑いをした。
思わず首を傾げるとリーマスは言いにくそうに私から視線を外す。
いつも優しいリーマスだから、相当言いにくいことなのだろうか。

「その……気を悪くしたらごめんね。昨日の朝、シリウスと喧嘩してたよね」
「……うん」
「何か、あったの?」
「……えっと」

私かがジェームズのことを好きなのを知っているのはシリウスだけだ。
比較的仲良くしてくれるリーマスにもピーターにも言っていないし、女の子の友達にさえあまり言っていない。
今度は私が言い淀んでいるとリーマスが慌てたように付け加えた。

「あ、言いにくいなら本当にいいんだよ。こんなこと聞き出すの、悪いし……君がすごく暗い顔してるから話だけでも聞いてあげられれば、と思って」

リーマスの優しさにふと気を緩めてしまう。
リーマスも、友達のこととあって気になるのだと思う。
シリウスも聞かれただろうに、私に尋ねてくるということはシリウスは何も言っていないんだ。
きゅっと胸が締め付けられる。

「あ、のね」
「……うん」

諦めていたのか、リーマスは私が口を開くと目をぱちぱちとさせた。
そして、ふわりと笑って話を聞いてくれる。
さすがにジェームズのことは恥ずかしくて言えなかったけれど、好きな人への些細な問いかけにカッとなってしまったこと、シリウスに話を聞いてもらってたからこそ気まずいということ、でも許せない、でも仲直りをしたいということを伝える。
リーマスは優しい顔で頷きながら聞いてくれて、そのおかげで思い出しても苛立つことはなく落ち着いて話せた。

「私の我儘だってわかってるんだけど……。どうしてもシリウスを許せなくてね、どうしていいかも分からなくて」
「そうだったんだ。嫌なこと思い出させてごめんね」
「ううん……。リーマスに聞いてもらえて、少し落ち着いたよ。ありがとう」

それなら良かった、とリーマスが笑う。
つられて、くすりと笑うとリーマスは更に目を細めて、私の頭をぽんぽんと叩く。
小さい子をなだめるように優しく、優しく。

「さっきから一度も笑っていなかったから心配だったけど、本当に少しは役に立てたみたいで良かった」
「……うん、ありがとう、リーマス」
「どういたしまして。また何かあったら、些細なことでもいいから気が晴れるなら話してね」
「うん」

リーマスに何度も感謝をしながら、しばらく他愛もない会話をしていると教室の扉が開いた。
そして顔をのぞかせたのは、シリウスで。
反射的にフードを少し深く被ってしまう。
それを当然シリウスに見られた訳で、彼は目をふと逸らしながらリーマスに話しかける。

「次の授業、遅れるぞ。リーマス」
「分かったよ。……じゃあ、頑張ってね。ミシェル」

最後に頭を撫でられるとリーマスはにこりと笑ってシリウスの元へと行ってしまう。
なんだか、リーマスはお兄さんみたいだ。
私が幼稚なのかもしれないけれど、優しいし面倒見がいいし、落ち着いている。
いつの間にか心のもやもや感も虚無感も薄れている。
これぞ、魔法にかけられた気分。

「……あ、そうだ」
「……なに?」
「朝、何も食べてないんでしょ? お腹空いてないかなって」
「……うん、ちょっとだけ」

リーマスに言われてお腹が空いていたことを思い出す。
意識し始めると途端にお腹が空いてきて笑顔で返すのも精一杯だった。
リーマスはおかしそうに笑うと、私を指差す。

「ローブのポケット、何か入ってるかもね。シリウスが気にしてたよ」
「シリウスが?」

意外な名前が出てきて、思わずシリウスの方を向く。
すると、シリウスは私と目を合わせたあとすぐに視線をリーマスに移した。
少し焦ってるようにリーマスのローブを掴むとぐいぐいと廊下に出そうとする。

「それじゃ、次の授業に遅れないようにね」
「う、ん」

リーマスはひらひらと手を振ってシリウスと消えてしまった。
しばらく呆然としていたけれど、授業に遅れるかもしれないと席を立つ。
教室を出て行く間、リーマスに言われた通りにポケットに手を入れるとカサリと紙の感触。
取り出すと白い紙ナプキンに包まれた少し冷めてしまったパンが二つ入っている。
話したあの時に、シリウスが入れてくれたのだろうか。
そうだったなら、すごく嬉しい。
それとともに、私が昨日してしまってことを悔む気持ちでいっぱいになる。
絶対に怒っているかと思っていたのに、私が朝ごはんを食べていないことにも気づいてくれて、それを見越してご飯を持ってきてくれて。
おまけに、ただ一人話しかけてくれた。
すごく、幸せ者なのに。

「……うん」

ジェームズのことはまだ整理がついていないけれど、でも、シリウスと仲直りしなくちゃ。
私の我儘に付き合わせちゃいけない。
明日、シリウスに謝ろう。
よし、と意気込んであと数分で始まる授業へと小走りで向かった。
何故か、その次から臨んだ他の授業は、相当頑張れた。

「ミシェル、昨日は最高だったね!」

最後の授業、天文学が終わったあと、明るい声が響く。
フードを少しあげると、ジェームズだ。
私に、にこにこと話しかけてくれる姿は変わらなくて少し泣きそうになる。

「あのシリウスを叩く女の子なんて、早々いないよ!」
「そうなの?」

ジェームズの話を聞きながら、彼の周りをきょろきょろと見回す。
いつも彼とほとんど一緒にいるシリウスがいないことに安堵するとジェームズに顔を覗き込まれる。

「シリウスなんて、叩かれそうになったら阻止できるんだよ。君にされるのは予想外だったんだろうね」
「……うーん」
「だって、ずっと一緒にいるんだもんね。早く仲直りした方がいいと思うよ、シリウス淋しがってるから!」
「……うん、頑張るね。ジェームズ」

彼が私に話しかけるたびにちくちくと胸が痛むのを必死に堪えて、精一杯の笑顔を向ける。
ジェームズもにこりと笑うと、リーマスとピーターに呼ばれて寮へ戻っていった。
一人になった天文台から空を見上げると、眩しいほどに輝いている。

「……大丈夫、大丈夫」

自分に言い聞かせるように、何度も呟いて落ち着かせる。
震える息で深呼吸をして、もう一度夜空を見上げる。
いつもの感情ではあるけど、比較的普通に話せたような気がすることを認識して、やっぱり嬉しくなる。






明日も無事に過ぎますように。






(リーマスに感謝する他ないなと感じた一日)

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