□通じ合った言葉は、月明かりに優しく溶けていった
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九月も半ばになり、日が暮れるのも、早くなってきた。
空を見上げると、既に幾つかの星が瞬いている。

「この季節、朝夕は少し肌寒いわね」

そんな帰り道。
なんとなく、ぽつりと言葉を溢すと。

「じゃあ、手繋ごう」

待ってましたと言わんばかりに、隣を歩く唯は、空いた手を私の手に絡ませる。
さっきから、なんだかそわそわしていると思ったら、機会を伺っていたらしい。

「えへへ」

以前とは違い、絡まされた互いの手を、少し驚いて見詰めていると。唯は、恥ずかしそうに。それでも、とても幸せそうにはにかむ。
好きになったら一直線。とはよく耳にするけれど、その言葉は正に、唯にぴったりだと。今更ながらに思う。
軽音部に対しても、この前の告白についても。

そういえば。
私は、唯に告白されて、受け入れはしたけれど。未だ、気持ちは口に出してない。
でも、それこそ今更。なんと言えばいいのか、普段なら回ってくれる頭は、こういうことでは、上手く回ってくれない。

「和ちゃん」

その呼び掛けで我に返ると、唯は空を見上げながら。

「月が綺麗だよ」

その笑顔は、月明かりに照されて、とても輝いて見えて。
不覚にも、ドキリとした。


唯にとっては只の話題として振られただろうその言葉をきっかけに、私達は星とか月とかの他愛のない話で盛り上がる。
その言葉を、ある偉人が、どんな風に訳したか。貴女は知ってる?とも思ったが、その話題は避けておいた。

程無くして、家の前に辿り着く。名残惜しそうに、絡まれた指は解かれた。

「じゃあ、また明日」

「唯」

去って行く唯を、呼び止めたのは、想いを未だに伝えられない焦心からだろうか。それとも、先の唯の言葉に触発されたのか。
唯は、不思議そうに、でも嬉しそうに、振り向いた。

「月が、綺麗ですね」

この言葉は、そう言った彼が生きていた時代、まだ「愛」という言葉は一般的でなくて「情」の時代であり、「愛している」なんて直接的な言葉は一般的ではなく日本の感性に合うものではなかったため、彼がある英文を彼なりに訳した言葉。

「?うん、そうだね」

そんな知識はないだろう人間に伝えたところで、意味を成さない。

「…それだけ。じゃあ、また」

「???」

さっぱりです。とでも書いてありそうな唯を残して、私は顔を上げずにそそくさと家に逃げ込む。

やってしまった。

あんな言い方で、通じる訳がないのに。
机に突っ伏して柄にもなく、どれくらいそうしていたのかも分からないくらい、悶々としていたら。突然、携帯が鳴り出す。
唯からだ。

「もしも「和ちゃん」」

冷静を装おって、出たつもりな声は、勢いよく掻き消された。
一体何事だろうか。

「月が、綺麗ですねっ」

その声は、とても弾んでいる。
あぁ、理解されたのかと。頬に熱が集まるのを、嫌に実感。
さっきの私の様子がおかしかったから、憂にでも聞いたのか。

「ねぇ、さっきの言葉ってさ」

I love youってとっても、いいんだよね?

「…」

恥ずかしさから何も答えられない私を照らす、窓から射し込む月明かりは、酷く優しくて。

「…うん」

背中を押されるかのように、それだけ、伝えた。

「ふふっ」

電話の向こうの唯は、きっと幸せそうに笑ってる。
相変わらず、何も言えない私に、唯は軽く深呼吸して、言った。

「和ちゃん、ありがとう。私も、大好きだよ」


月明かりより、優しく暖かな声が、耳に心地好くて。

「私も、」

思わず溢れた言葉は、I love youの直訳。
案ずるより産むが易しとは、よく言ったもの。あれだけ悩んでいた言葉が、あっさり口から飛び出した。
柄にもない言葉に、今度は貴女が無言になる。

数秒後、同時に吹き出して。いる場所は違うけれど、二人で同じ月を見ながら、同時に言い合った。

「「月が綺麗ですね」」

互いに溢れた言葉は、月明かりに優しく溶けていった。


End





















あとがき

最初はシリアスで後は甘っぽい感じに書きたかったんですが、なんというグダグダ(┳◇┳)
へたれっぽい和と天然な唯が書きたかったんだと思います←

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