「木星に蹴つまずかないようにしなさい。でなけりゃ、土星の輪で首を切断されますよ。」と男はブリキの月に跨がりながらいった。

彼によれば、人間は首を切断されたあとも僅かな時間ではあるが生きているのだという。たとえば自らの首の切断面を見てしまうこともあるのだと。

彼もその一人だった。
「いやあ、おかしな話ではあるのですがね、私はそのようにしてまだ生きているのです。」
そういって首のない男はブリキの月をゆっくりと撫でまわした。男の首からはプシューっと音を立てて、血しぶきをあげている。いつまでも続く血しぶきは、時間をかけて宇宙に暗黒を築いていく。

私はためしに男に煙草を勧めてみたのだが、彼は左手を振って、「ご冗談を‥。」と静かにいった。

ブリキの月が僅かに光った様に見えたと同時に、男は木星の方角へ目を遣り、また静かに続けた。「近頃は木星に蹴躓くものが多くてね‥。」

そのようにして首を切断される者が後を絶たないとなると、宇宙のそこかしこで暗黒が噴き出すこととなろう。けれども切断された首は一体どこにいったのだろうか。

木星から再び月に目を転じてから、私は尋いてみた。
首がある者には見えないんですね、ほら、ここにも首が転がっている」男は指をさした。

「暗黒星になるんだ‥。」

私はなんだかひどく男が羨ましくなった。《了》


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