07/23の日記

23:55
小話二本 ユリレとオリジ
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ep3 

「だって大好きだしぃ?」

 アンタのそんな言葉に信じられる要素などあるものか、と。最初はそんなことばかり思っていた気がする。疑念は霞、徐々に薄れていく。ただその代わりだと言わんばかりに頭角を現した懸念の山の頂もまた、当初の疑念同様自分を苛む鎖となった。どこが、どうして、いつ。そんなものは今更だった。ああ、今更訊く事も出来ない。気が付けばアンタは俺を見ていて、気が付けばアンタは俺にそれを囁いていた。もう俺だって始まりなんて覚えちゃいない、けれど、……けれど――
 再現の無い思考はしかし、そこで一旦中断させられた。

「……せーねぇん、プリン冷えたわよーっ!」

 噂をすれば何とやら。いや噂をしていたわけではないのだが、思考の対象に思考を中断させられるだなんて、他にどう言いようがあろうか。
 常の胡散臭さを感じさせない能天気で間抜けな声と、常の胡散臭さを吹き飛ばすように可愛らしい白鳥の柄のオレンジのエプロンに、思う。いつもいつまでもこんな間抜けな、茶目っ気のあるキモいおっさんのままでいてくれたらこんなに頭を悩ます必要も無いのに、と、思う。
 いつか見た、俺の隣で一瞬だけ翳りを見せた翡翠の瞳が、始まりの鐘を終わりでかき消す。
 窓の外、宙を舞う黒い鳥が終焉の鳥でないことを望みながら。
 一歩を、能天気で全ての懸念を覆うべく、一歩を踏み出した。



ep4

 夕暮れの街は茜色。何ともなしにスキップしながらいつもの通学路を駆け下りる。急な坂道になっているため走ったら危ないとは思ったが、スキップだからまぁいいかなんて我ながら都合の良い屁理屈を無理矢理こねあげた。
その様はどう考えても忘れ物を取りに学校に戻る子供の行動ではないと思う。子供というか、高校生なのだが……いや、高校生だからますます問題なのであろう。頭のおかしい人みたいで嫌だ、という通常の高校生がおおよそ持ちうるであろう、一般的であるという意味での『普通』といった感性は生憎私の持ちえないものであったが。。
 夕暮れの空は紅い色。照らされた夕暮れの雲は炎のようで、それでいて少しだけ混じった青みとの境界は薄く紫がかっている。
 不意に、立ち止まって両の手を伸ばしてみた。真っ直ぐと、傾き沈みかけた太陽に向かって包み込むように。そうすればこの風景を独り占めできそうな気がして――、我ながら高校生の行動ではないだろうと先程同様に考えて、小さく苦笑した。
 もしも目に映る綺麗なものを全て欲していたとしたのなら、それは本当に、おもちゃを欲しがる幼い子供よりも悲しい欲しがりなのだろう。私のキャパはすぐに一杯になってしまうから、きっと私がそうやって欲しがったとしても溢れた分だけ零れてしまう。零すくらいなら欲しがらなければいいのに、なんて誰だって分かっている。
 一面の茜や燃えるような紅、神秘的な紫を奪いそして零していく人がもしもこの地球にいるとしたのなら、それは本当に、おもちゃを欲しがる幼い子供よりも悲しい悲しい星狩りだ。前を見て、変わらない町並みを見渡して、何故だか少し切なくなって。再び歩を踏み出せば、スキップをしていた無邪気な私はどこかへ隠れてしまっていた。

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