伏犠×左近 お話

□温泉で2
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仙人でも酒を飲み過ぎれば頭が痛くなる。
夕べは左近と共に美味い酒と鯉の刺身を楽しみ、そのまま酔いつぶれて眠ってしまったようで。

伏犠は痛む頭を押さえて身を起こした。
乱れた浴衣姿で髪をぽりぽり掻きながら、隣の布団を見てみれば、左近の姿は既に無く。
どこへ行ってしまったのだろうか?
部屋に居る気配も無い。

自分を置いて出て行ってしまったのだろうか?
ふとそんな不安が心を掠める。

「得物を置いて出ては行かんじゃろう…」

ふと窓際を見てみれば、左近の武器、猛壬那刀がそのまま立てかけてあり。
安堵したように息を吐くと、伏犠は浴衣姿のまま廊下に出て、左近を捜す事にした。

外に出ると木に繋がれた馬に、桶に飼い葉を足して餌をやっている左近の姿が見えて。
しっかりと鎧を身につけて支度は調えて居る。

伏犠に気が付くと視線を向けて。

「おはようございます。伏犠さん。いい朝ですねぇ。」
「左近…ここを出るのか?」

左近は頷いて。
「佐和山に帰ろうかと思うんですよ。これでも俺は石田家の家老なんで。あまり留守にしちゃ殿の機嫌を損ねるでしょ。」
「そうか…三成の元に帰ってしまうのか…」

明らかに口調の調子を落とす伏犠に左近は。
「付いて来ればいいじゃないですか。」
「わしが付いて行って迷惑にならぬか?」
「どういう事です?」

自分の顔を覗き込んで来る左近に。
「お主と三成との間に…何かあるんじゃないかとわしは思っておるのだがのう。」

左近はハハハ。と明るく笑って。
「伏犠さんとやったのが、久しぶりですよ…今の殿は歳若くて。左近も小姓として仕える歳でも無いですしね。それに殿には夢中になっているお方がいるんです。」
「夢中になっている奴がおるのか?」
「ええ。勿論。俺は殿の事は好きですよ。でも、俺の主として好きなのであって、伏犠さんに対しての想いとは別です。どこまでも付いて来るんじゃなかったんですかい?」
ニヤリと左近は笑うと更に伏犠をからかうような口調で。
「本当に伏犠さんは可愛い…長く生きてきた割には純粋で。」
「それだけお主に夢中だと言うことじゃ。もう、左近無しでは生きて行けぬ。」

そう…左近が好きだ。
この永い命も…仙人としての力も…何もかも左近の為なら失ってもかまわない。
「左近…好きじゃ…お主の事が…」

力強く左近を抱き締める伏犠。
左近は優しくその背を撫でながら。

「左近も伏犠さんの事が好きですよ…」

そう言うも左近はため息をついたので、伏犠は身体を離し左近を見つめて。
「何か気がかりがあるのかのう。」
左近は伏犠に背を向ける。
「本当は不安なんですよ。このまま伏犠さんに溺れて俺は男として生きていけるのか…でも俺を好きで追いかけて来てくれる伏犠さんを振り切れなくて…傍に居たい。その気持ちは左近とてあります。でも…」

伏犠は左近の背に向かって決意したように。
「しばらく離れぬか?左近。」
「伏犠さん。」
「わしはこの宿に居る。佐和山に帰ってお主の気持ちを整理してくるがいい。」
「何言って居るんです?俺無しでは生きてはいけないんでしょ…」
伏犠は腕組みをして。
「わしは仙人じゃ。少なくともお主より長く生きておる。左近が迷っているのに、器を示せぬのでは男ではないじゃろう?行くがいい。わしは待っておる。」
「解りました。時を左近に下さい…」

左近は支度を終えると、猛壬那刀を手に馬に乗って宿を出て行った。その後ろ姿を伏犠は見送って。

もう、左近は戻っては来ぬのではないか。幾ら待っても無駄では無いのか…
そもそも、いい歳をした左近のような男がおなごのように自分に抱かれて、愛を囁き合う事自体が変なのだ。それは良く解っている。
佐和山で自分に対する気持ちが冷めてしまったら…

伏犠はため息をついた。だが、待てるだけこの宿で待ってみよう。
そう思って宿に滞在することにした伏犠であった。


左近が居なくなって3日が経った。
宿に滞在するも伏犠は暇で暇で。
やる事と言えば、温泉に入り鯉の刺身を食べて酒を飲むだけの事であり。

太公望がふらりと訪ねてきた。
部屋の扉を開ける音に、左近かと視線を向けるも立って居たのが太公望で。
「なんじゃ。坊主か…」
「待ち人でなくて悪かったな。」

そう言うと部屋に入り込み、太公望は伏犠に向かって。
「遠呂智は倒したのでは無かったのか。何故、仙界に戻ってこない。女カも心配している。」
伏犠は窓際の椅子に座り、浴衣姿のまま杯の酒を煽りながら。
「わしは戻らぬ。人間界が気に入ったのじゃ。しばらくここに居る事にする。」
「酒か…こんな所の酒より仙界の酒の方が余程、美味いだろうに。それ程までに人間界の酒が気に入ったか?島左近という酒を。」
太公望の問いに伏犠はぐいっと酒を飲み干してから。
「ああ。気に入ったわ。飲めば飲む程、又、飲みたくなる極上の酒よ。左近は。仙界の女より余程いい。」
太公望は呆れたように。
「そこまで言うのならその酒に飽きるまで、ここに居るいい。人の生などあっという間だ。いい暇つぶしにはなるだろう。」
伏犠は太公望に杯を投げつけた。
太公望は軽く身をかわして避けて。

伏犠は辛そうに。
「それでもわしは左近が好きじゃ。左近が生きている限り傍に居て、愛したい。
いや、仙人で有ることをやめても良いと思っておる。左近と共に生を終えたい。」
「とんだ酒だな。島左近という男は。仙人が人になれるはずはないだろう。頭を冷やしたほうが良い。では私は帰るとしようか。」

太公望は部屋を出て行った。
伏犠はぎりりと奥歯を噛みしめると、瓶を持ち上げ、酒を口に含み飲み続けるのであった。


それから一週間程経ったが左近は戻っては来なかった。

それでも伏犠は待ちたかった。

今日も日が暮れて…紅葉に囲まれた露天風呂に浸かり伏犠が想いにふける。10日程前、ここで左近を抱いたのだ。あの色気のある男らしい身体を組み敷いて。精をその身体に注ぎ込んだ。

ふと水音が聞こえて、人が湯煙の向こうから湯に入ってきたようで。
ゆっくりとその人物は伏犠に近づいて来る。
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