幸村×趙雲 お話

□赤い月16
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佐和山で月日が8ヶ月程流れて趙雲は午前中は幸村との武の稽古に付き合い、午後は左近と共に過ごすことが多くなった。
左近は冬に孫策との子を産んだのだが、三成との事を考えて孫策に子を帰すつもりだと趙雲に言った。趙雲は左近の気持ちを汲んで幸村と共に子を孫策の元へ連れて行く役目を言い出し、それを引き受けたのである。

寒い冬の夕方だった。
佐和山の城の門で、子を見送る左近の視線を背に受けながら幸村と趙雲は馬で出発した。
呉の船は近場の川に迎えに来る話になっており。趙雲はこの赤子を幸村と共に孫策の元へその船に乗せて貰って連れて行こうというのである。

趙雲が懐に抱いた赤子は勝(しょう)と左近に名付けられていて、勝は左近と別れる時は火がついたように泣いていたのだが、今は泣き疲れて眠っている。
趙雲は幸村と共に船着き場目指して馬を進めて行くのだが、冷たい夕刻の風が二人に吹き付けて寒い。おまけに雪が降って来た。

幸村が空を見上げて。
「雪が降って来たようです。急いだ方が。」
趙雲は首を振り。
「あまり急がせると勝を起こしてしまう。」
「眠ってしまったようですね。」
視線を趙雲の懐に向ける幸村。
趙雲は頷いて。
「しかし、幸村殿の言う通りだ。雪がひどくなる前に、日が暮れる前に船着き場に着かないと…勝には悪いが急がせよう。」

二人が馬を走らせると、懐の勝が起きて泣き出した。
趙雲はあやしながら。
「もうすぐ着きますから、我慢して下され。」

産後に寝込んで居る左近に変わって勝の面倒は趙雲が見てきた。
だから愛しさも人一倍感じていて。

自分は男だから子は作れない。仙界の薬に頼ってまで子を作りたいとも思えない。
その気持ちには変わりないのだが…

船着き場に着くと、太史慈が迎えに出てきた。
「久しぶりだな。趙雲殿。幸村殿。」
趙雲が馬から下りて拱手して。
「久しぶりです。太史慈殿。」
幸村も共に馬から下りると頭を軽く下げて。
「このお子に付き添って孫呉まで私達も参ります。孫策殿に渡してしっかりと育ててくれるかどうか確認してこなければ。左近殿に合わせる顔がありません。」

太史慈も頷いて。
「幸村殿の言う事はもっともな事だ。船に乗られるが良い。おおっ。このお子が孫策殿の。」
趙雲が目をぱっちりと開けている勝の顔を懐から見せて。
「勝(しょう)と申します。」
「勝か…良い名だ。左近殿は殿に帰すつもりでこの名をつけられたのだな。」
「ええ…でなければ一文字名をつけなかったでしょう。」

太史慈は目を細めて勝の顔を見つめながら。
「殿に面差しが似ていらっしゃる。これは先行き楽しみなお子になりそうだ。さぁ趙雲殿、幸村殿。部屋で休まれよ。船を出発させる故。」

二人は船に乗り部屋に通された。
趙雲と幸村は用意された寝台に腰をかけて。
眠りについた勝の顔を趙雲は愛しげに見つめている。

幸村が趙雲の顔を覗き込んで。
「情が移ってしまいましたか?趙雲殿が世話をしてきたのですから。」
「阿斗様を思い出してしまった…」
「阿斗様?」

趙雲は目を細めて懐かしそうに。
「遠い昔、長坂で泣く赤子を助けた事があるのだ。名前は阿斗…」
幸村は頷いて。
「ああ、思い出しました。長坂の英雄は劉備殿の妻子を助けて、曹操軍を蹴散らしたと聞いた事があります。その時のお子ですか。」
「後の劉禅様だ。あの時も子を懐に抱いて。必死に駆けたものだった。」

幸村は眠る勝の髪を指先で撫でて。
「今回は送り届けるだけですから…」
「幸村殿…幸村殿はまだ子が欲しいのか?」
趙雲の問いに幸村は首を振って。
「いえ。左近殿がこの子を産むのにどれだけ大変だったか…趙雲殿の命を危険にさらすわけには参りません。ただ…」
「ただ?」
「私達の子でなくて良いのです。三成殿の城の家臣の子、近隣の農家の子、色々な子達に何か教えてやりたい。いつ戦になるか解らない世の中です。少しでも強い力をつけさせてやりたい。そう思いました。」
趙雲は目を見開いた。
幸村は笑って。

「歪んだ私が言うのもおかしいでしょう…不思議な物です。赤子を見ると心が穏やかになる。後、ここしばらく三成殿に色々と教わって参りました。政の事も…人々の暮らしもつぶさに見る機会もありました。趙雲殿を一番に幸せにしたい。それから他の人々の幸せも考えてやりたい。」
「成長したのだな。そう言うと怒るか?幸村殿。」
幸村は趙雲の肩に顔を寄せて。
「いえ。本当の事ですから。赤い月も返上と言いたい所ですが。貴方に対しての伽の時はそうも行かないようです。」
「幸村殿。」

「愛しいから困らせてやりたい。趙雲殿の可愛い姿が見たい。それだけは譲れません。」
趙雲は幸村の髪を撫でて。
「仕方の無い幸村殿だ。私は幸村殿の妻なのだから、伽の時の我が儘は出来るだけ聞くようにしよう。」

二人は顔を寄せ合い、触れるだけの口づけをする。
赤子を真ん中に、身を寄せ合い寝台の上で共に眠る趙雲と幸村であった。


船は翌朝、呉の建業について、孫策が自ら船着き場に家臣達と共に迎えに来ていた。
趙雲は進み出ると孫策に赤子の勝を差し出す。
孫策は受け取ってしみじみと赤子の顔を見つめ。

「こいつが左近の子か…」
「名は勝と申します。左近殿が名付けられました。」
「孫勝。良い名をつけてもらった…左近に伝えてくれ。勝は俺が責任持って立派な将に育てるとな。」

幸村が孫策の前に進み出て叫ぶ。
「約束できますか。左近殿がどれだけの思いでこの子を手放さざる得なかったか。望まぬ子を腹に仕込まれて、子を産まされた。それでも自分の子は愛しいものです。でも三成殿への遠慮からこの子を育てられない。どれ程の苦しみか。命がけでこのお子を育てて下さいっ。それが孫策殿の役目だと思います。」
幸村の言葉に孫策は頷いて。
「幸村殿の言うことはもっともだぜ。左近にはすまない事をした。俺の命をかけてもこの子は育てる。左近には安心するように言ってくれ。心配だったら幸村殿、趙雲殿、時々様子を見に来て欲しい。様子を聞けば左近も安心するだろうぜ。」

趙雲が礼を言う。
「ありがとうございます。孫策殿。時折様子を見に来て、左近殿を安心させてやりたいと思います。」
幸村も頭を下げて。
「少々、出過ぎた事を申しました。申し訳ございません。」

孫策は幸村に。
「いや、本当の事なんで、出過ぎた事じゃねぇよ。太史慈。二人を船で送り返してやってくれ。それでは勝は貰って行く。今日はありがとな。」
勝は孫策の腕の中で眠ったまま連れて行かれてしまった。

趙雲は寂しそうにしばらく孫策の去った後を見つめて居たが、幸村が慰めるようにその肩に手を置いてくれたので頷いて。共に、太史慈の船に再び乗り、佐和山への帰途につく。

再び与えられた船の部屋に戻り趙雲は幸村に礼を言った。
「ありがとう。幸村殿。私の言いたい事を孫策殿に言ってくれて。」
「趙雲殿は人が良いから、私が代わりに左近殿の想いを言わせて貰いました。趙雲殿。佐和山に戻ったら、伽をしましょう。」
「幸村殿には珍しい。船でもどこでも我慢が効かぬのではないのか?」
「趙雲殿は伽がしたいのですか?ここでは太史慈殿に声が聞かれますよ。私はかまわぬのですが。」
「いや、それは恥ずかしい。」
「でしたら、戻るまで我慢って事で。趙雲殿、腕枕をして下さい。」

ごろりと寝台の上に横になる幸村。
趙雲は微笑んで。
「勝が居なくなったら甘えん棒に拍車がかかったな。」
幸村の隣に身を横たえる趙雲の腕に頭を乗せて。
「私達の間に子が無くて良かったです。こうして趙雲殿に甘えるのは私一人で充分ですから。」
幸村は瞼を閉じる。
趙雲は愛しげにその顔を見つめて。

船は佐和山へと向かって行く。
一仕事終えた二人は満足げに眠りにつくのであった。

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