幸村×趙雲 お話

□赤い月18
1ページ/1ページ

春の天気のいい小春日和、趙雲はゆったりとした青の裾まで長い衣を着て、佐和山の城の一室で幸村の為に着物を縫っていた。
佐和山の近辺は戦も無く、平和で。
趙雲はしみじみと幸せを感じていた。

「どうです?二枚目の着物は。大分進みましたかね。」
左近がふらりと顔を出す。
趙雲は幸村の為に他人との接触は避け、左近のみが話し相手になっていた。
「ええ。これからはもっと暖かくなりますし、汗を吸いやすい着物にしたいと。幸村殿にはまだ内緒ですよ。」
「色は紺ですか。幸村喜びますぜ。」
左近は楽しげにからかうと、後で菓子でも届けますよと言って行ってしまった。
今日は用事でもあるのだろうか。いつもはもっと話し込んでくれるのに。
趙雲はため息をつく。
幸村は朝のうちは自分と槍の稽古をしてくれるのだが、三成に付き従って仕事をしていて、昼は留守にしているし、暇で仕方が無いのが悩みと言えば悩みで。

その時である。部屋に石が投げ込まれた。
拾ってみると紙がついていて。

− 地蔵前の茶屋にて待つ。劉備より −

懐かしい名に心が熱くなる。
かつて主君と仰ぎその背を追って戦場を駆け回った。

劉備が遠呂智にさらわれた時は必死になってその姿を探した。
なかなか見つからず、何度くじけそうになった事か。
遠呂智を倒した後に、その姿を見た時は嬉しかった。
今までの疲れが全て癒された。劉備の笑顔を見てそう感じた。

趙雲は居ても立ってもいられず、青の鎧を着て身なりを整えると庭に出て、厩から馬を引いてくる。馬に飛び乗ると、佐和山の城を飛び出した。

− 殿に会える。殿に…久しぶりにその姿を見たい。その声を聞きたい。 −

指定された大きな地蔵の場所は解っている。
そこに向かえば前に茶屋があるはずで。
茶屋の前に着くと、馬から下りて劉備の姿を探す趙雲。
奥から劉備がゆっくりとした足取りで出てきて趙雲に声をかけた。

「久しぶりだな。子龍。」
「殿っ。」

拱手して劉備の前に進み出る趙雲。
劉備は趙雲の背を引き寄せ抱き締め、そしてその肩を叩きながら。
「会いたかったぞ。やっと会えた。少し話をせぬか?」
趙雲が頷くと、劉備と一緒に外が見渡せる茶屋の椅子に並んで腰掛ける。
店主が茶を運んで二人の横に置いて行き。
劉備が外を眺めながら、ぽつぽつと言葉を紡ぐ。
「心配していたのだ。幸村殿に会いに行くと言って出かけたきり帰ってこなかったであろう。真田の屋敷に問い合わせても趙雲は帰ったと言うばかりで。行方不明になったお前を捜しに私自身も出向いた。だが見つからなくて…そのうち幸村殿の嫁になったと言う噂が流れて。」
「殿…申し訳ございませぬ。ここまで私の事を心配して下さっていたとは。」
「今は佐和山の城で暮らしているそうだな。」
劉備の言葉に頷いて。
「私は幸村殿の嫁になりました。もう、昔の子龍ではありませぬ。」
「私の下へ戻ってきてくれる気はないのか?」
「殿っ。」
劉備は趙雲の手を握り締めて。
「これからの蜀に子龍。お前の武勇が必要なのだ。我が蜀の周りは戦が耐えぬ。関羽、張飛等頼もしい輩はいるが、私がどれだけ子龍を頼りにしていたか。どうか戻ってきてくれぬか?」
趙雲は瞼を閉じて、その言葉を噛みしめる。

もっとも尊敬する劉備が自分を今も必要としてくれている。
佐和山の城では武将としての自分はもう必要とされていなくて…
いかに愛する幸村の為とはいえ、それはそれで寂しい物があった。

しかし趙雲は首を振って。
「それでも私は幸村殿と離れられないのです。申し訳ございませぬ。」
劉備は諦めたようにため息をついて。
「そんなに幸村殿が愛しいのか?」
「はい…もう幸村殿が居なくては生きてはいけぬ位に大切な人です。」
劉備は立ち上がると。
「気が変わったらいつでも迎え入れよう。子龍。今日は話が出来ただけでも、元気な姿を確認出来ただけでも良かった。又、来よう。」
劉備が口笛を吹くと、のっそりと関羽が現れて。
「関羽殿…」
趙雲が声をかけると、関羽は片手を上げて挨拶を返すと劉備と共に馬を呼び、馬に乗るとその場を後に二人は走り去って行ってしまった。

趙雲がその後ろ姿をいつまでも見つめていると声をかけられた。

「帰りたいですか?劉備殿の下へ。」

振り返ると赤の鎧を着た幸村が立っていた。
趙雲は驚いたように幸村に近づいて。
「いつから…後をつけてきたのか?」
「門の番兵が教えてくれました。先に忍びを行かせて趙雲殿の場所を確認してから、私が駆けつけて…劉備殿の誘いを断ったそうですね。」
「話を全て聞いていたのか?」
「忍びから今、聞きました。」

幸村は趙雲の腕をぐいっと掴んで。
「でも、心が揺れたでしょう?本当は劉備殿の下へ帰りたいのではありませんか?」
「幸村殿が大切だってはっきりと殿に申し上げた。その事も聞いたであろう。」
趙雲が声を荒げると幸村は不機嫌に。
「城に帰りましょう。貴方の立場をじっくりと教え込んであげます。」
「幸村殿っ。」
「二度と心が揺れないように…武将としての貴方を壊して…」
趙雲は幸村の手を振り払い。
「私を信じてはくれぬのか?もういいっ。」
趙雲は馬を呼ぶと、飛び乗って。幸村を置いて走り出した。


悲しかった。自分を信じてくれない幸村の気持ちが…
泣きたい位に悲しかった。
懐かしい劉備の誘いを断ったのに…幸村が好きだから断ったのに。

趙雲は佐和山の城に戻ると、部屋に戻りなんとも言えぬ気持ちで畳を拳で叩いた。
ふと横を見ると縫いかけの幸村の着物が目に飛び込んだ。
それを見つめると涙が目から零れてくる。
ぎゅうっと着物を抱き締めて、涙を流して泣く趙雲。

背後に気配を感じて振り向くと、幸村が立っていた。
「自分に自信が無いのです。趙雲殿を繋ぎ止めておく自信が。」
「幸村殿。」
幸村は趙雲の前に腰を下ろすと。
「無理矢理貴方を閉じこめて私の妻にした。私より腕の立つ優秀な武将の貴方を、私の我が儘から今もこうして、私だけの為に生きる事を強要している。いつ逃げられてもおかしくはないのに…劉備殿の下で武将として貴方が生きたい。願いは解っているのに…」
幸村も涙を流して泣き出した。
趙雲は縫いかけの着物を幸村の肩にそっと掛けてやり。
「私はどこにも行かないから。幸村殿と私は夫婦では無いのか?妻が夫を置いてどこかへ行くだなんて…一生傍に居よう。何があっても幸村殿と添い遂げたい。」
「趙雲殿…」

ふと幸村が自分の肩に掛かる着物を見て。
「これは…」
「幸村殿の為に縫っている新しい着物だ。」
「私の為に、又、作ってくれているのですか?」
趙雲は幸村の頬にそっと口づけをして唇を離すと、にっこりと微笑んで。
「これからの季節に着て貰いたい。そう思って…まだ仕上がるまでに時がかかってしまうが。」
「ありがとうございます。」
「それだけ私は幸村殿の事が好きで好きでたまらぬのだ。」
「何か礼をしたい。趙雲殿が喜ぶような…」
幸村が趙雲の顔を正面から見ながらそう言えば、趙雲はその頬に手を這わせて優しく撫でながら。
「傍に居るだけで…私は…」

互いに唇を重ねて口づけをする。
春の風が二人の髪を撫でて行き。

その時、声をかけられた。
「菓子を持ってきたんですがね。邪魔でしたか…」
左近が困ったように立って居て。
幸村が立ち上がると左近に向かってはっきりと。
「邪魔です。今、良い所だったのに。」
「幸村。殿が探しておりましたぜ。」
「仕事を途中で放ってきたのです。戻らなくては。」
左近が幸村に向かって。
「ついでに殿を呼んで来て下さいよ。皆で茶にしましょう。美味い菓子が手に入ったんですよ。南蛮のビスカウトとか…皆で食べましょ。」
幸村は趙雲に向かって。
「それじゃ三成殿を呼んできます。待っていて下さい。」
肩に掛けて貰った着物をたたんで畳に置くと慌てて廊下を走っていく幸村。
趙雲はそんな姿を見て微笑ましく思って…

この幸せな生活を何よりも大切にしよう。
幸村は大切な自分の宝物…愛しい旦那様なのだから。

趙雲は幸せを噛みしめながら、幸村が戻って来るのを待つのであった。

佐和山の城は春真っ盛り。
幸せ真っ盛りであった。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ