長編小説 古志城(遠呂智×趙雲、清盛×左近)

□古志城A−3
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− 目も耳も塞いで…遠呂智様だけを見つめていたい…劉備殿も何もかも忘れて、

この恋に溺れていたい… −

遠呂智と心が通じ合った交わりをしてから数日が経った。
遠呂智が古志城にいる間は、城内を出歩くことは許されて居たので、趙雲がゆったりとした青の龍の刺繍を施した足下まである服で廊下を歩いていると、
前田慶次に出会った。
慶次は城の広い中庭に、20人位の兵士達に命じて仕事の指図をしていた。
兵士達は乾いた土しかない庭を掘り返し、梅の木を運び込んで植えたり、どこかから運んできた緑の木を植えたり、水や肥料を施したりしている。
「よぉ。お妃様。見ろよ。今、中庭を整備しているところだ。木や花を植えろって遠呂智がな。
余程、お前さんを喜ばせたいらしい。」
「私の為に?」
「不器用な男だぜ。花が好きだと言えば、それしか思い浮かばないんだからな。この間、梅の花を土産に持って帰っただろうに…」
趙雲は慶次を見上げて。
「いいえ、慶次殿。私は嬉しい。遠呂智様がそこまで私の事を思って下さるのですから。」
「アンタ…いいのかい?遠呂智は悪、劉備は善じゃなかったのかい?」
「そう…言い切れるのでしょうか…今の私は解らない。遠呂智様の近くに居すぎて、考える事に疲れてしまったのでしょう…きっと。」
慶次はため息をついて。
「ちょっと来いよ。会わせたい奴が居る。」
「私に会わせたい人が?」
慶次が歩き出したので、趙雲も後について歩き出す。
慶次は古志城の一角にある自分の部屋に趙雲を招き入れると、扉を閉めて。
そこは寝台が奥にあり、卓と椅子が置いてあるのは、遠呂智と自分の居室と変わらず、ただ広さが自分達の部屋より幾分、狭いというだけで。
中を見渡して趙雲は慶次に。
「誰もいないではありませんか。」
「こっちの部屋だ。」
慶次は窓際の壁にある扉に手をかけて、中を開ければ。
そこは狭い部屋で、寝台しか置いておらす、一人の男がこちらに背を向けて寝台の上で眠っているようだった。
慶次が寝ている男の肩に手をかけて声をかける。
「おい。趙雲殿が見えたぞ。」
男はゆっくりと身体を向けて、瞼を開け、そして趙雲を見つめた。
「趙雲殿?…」
「幸村殿…」


寝台の上の人物は白の夜着を着て、頬はこけてやつれていたが、真田幸村その人で。
昔、遠呂智を一度倒した時に、趙雲の側にいて力になってくれたのが、真田幸村であった。
自分と同じ槍を扱い、性格も真面目で、趙雲は彼と共に戦えた事を誇りに思っていたし、年下の彼だが自分より頼りになると思える時もあり友として頼りにもした。
その幸村が何故、こんな所にいるのか…

幸村が横になったまま、趙雲を見つめながら。
「このような見苦しい姿で、お会いしなければならないとは…お許し下さい。」
趙雲は首を振ってから幸村の手を握り締める。
「幸村殿に何があったのだ…」
「貴方の受けた仕打ちにくらべたら、私などは…趙雲殿は遠呂智から逃げられない…辛いでしょう…」
趙雲は答えられなかった。
遠呂智を愛してしまったと…側に居ると約束したと…幸村になんと言ったらいいのだろう。
幸村は瞼を瞑って。
「この城の地下に地獄があるのはご存じですか?」
「地獄…?それは…」
「私はそこに閉じこめられていたのです。慶次殿に助けられるまでは…」


趙雲の背後に居た慶次がその横にやってきて、吐き捨てるように。
「妲己と清盛が作った地獄がある。知ってるか?妖魔どもは性欲も強い。それを処理する人間が必要って訳だ。幸村は清盛に捕まった。」
幸村は辛そうに。
「私はそこで、清盛に仕込まれた後、妖魔達の性欲のはけ口として…毎夜過ごしてきたのです。」
「幸村殿っ…」
趙雲は目の前のやつれた若者を思った。どのような地獄を幸村は見てきたと言うのだろう…
幸村の手を握り締める両手に力が籠もる。幸村は瞼を開けて趙雲を見つめ。
「趙雲殿の主…劉備殿もどこかに閉じこめられているのでしょう?大丈夫…私達人間は強い…そう信じたい。きっと劉備殿も助ける事が出来る。いつか、遠呂智を倒して人々が恐怖におびえぬ日々を過ごせるその日まで、私は生きたい…死ぬわけにはいかない。それを見届ける義務があるのです。」
慶次は趙雲に向かって。
「幸村の身体は、妖魔達によってボロボロだ。しかし生きているのは、信念…この世界に光が戻って来るのを願っている信念。それに尽きるだろうよ。」
趙雲は幸村の手を離して、立ち上がると慶次に向かって。
「貴方は何を言いたいのだ。私にどうしろと?」
「現実をしっかりと見ろと言いたかっただけだ。俺は遠呂智に惚れている。男としてあの強さにな。遠呂智は悪に近いものだ。他にも平気で部下の首を切るんだぜ。あの無間でな。これからも、苦しむ者や、悲しむ者が出てくるだろう。しかしだ。戦がありゃ、人間だって似たような事を平気でする。曹操って奴だって信長だって…残虐な事を平気でしてきた。劉備が善?笑わせるんじゃねぇよ。大なり小なり、国を作るにゃ犠牲は必要だろう?」
「それでも劉備殿は民の事を…曹操等と違って民の事を…だから私は…」
言い淀む趙雲の肩に手を置いて。
「だが、今は…遠呂智が好きなんだろう?」
「遠呂智様は私の事を想ってくれたのです。こんな私の事を…愛してくれているのです。」
「その想いが何よりも大切なら…現実をしっかりと見据えろ。その上で遠呂智に惚れていると自覚するんだな。」


趙雲はまっすぐに慶次を見つめ。
「貴方は自覚しているのですね…」
慶次はニヤリと笑って。
「ああ、俺はあの男に惚れている。何もかも犠牲にしても、最後まで遠呂智に付き従って、戦を楽しみたい。」

二人の会話を聞いていた幸村が疲れたように。
「趙雲殿も慶次殿も…遠い所に行ってしまった。遠呂智が最も悪に近いのなら…この世に光が差さなくなる…夢も希望も無い…。趙雲殿…。」
「幸村殿…私は…」
「いいのです…遠呂智を愛しているというのなら、現実を見てはいけない…貴方は優しい人だから心が壊れてしまう…遠呂智だけを見つめている方がいい。だけど、私には解る。必ず遠呂智は滅びる。でも、貴方と慶次殿には生きて欲しい。」
趙雲は幸村の言葉に涙した。幸村は地獄のようなひどい目に遭いながらも、尚、慶次や自分を心配をしているのだ。
「ありがとう。幸村殿。」
「貴方は…私の大切な友ですから…」


幸村が眠ってしまったので、趙雲は何ともいえぬ辛い気持ちで、その部屋を後にした。
ふらふらと歩いて居ると、腕を引っ張られ小さな部屋に引っ張り込まれる。


部屋に押し込められて、ふと顔を上げてみれば、そこには諸葛亮が立っていた。
「軍師殿…」
「やっと貴方と話が出来そうですね。」
諸葛亮は白扇を優雅に扇ぎながら趙雲を見つめていた。
「私は…」
俯く趙雲に諸葛亮は微笑んで。
「劉備殿は私が必ず助け出します。だから貴方は気に病まなくていいんですよ。」
「貴方は何もかもご存じのようですね。」
「ええ。最近、遠呂智と一緒に居る貴方は幸せそうですから。でも、辛かったでしょう…遠呂智を受け入れる事は…」
趙雲は顔を上げた。目から一筋の涙がこぼれる。
諸葛亮は趙雲の身体をぎゅっと抱きしめて。
「先の目指す道は違えども、貴方はいつまでも私の大切な友…そう思っています。でも、遠い昔に戻りたい…。」
「ええ…劉備殿に言われて、貴方や月英殿の家によく伺いました。趙雲は独り身だから食に気をつける者がいない。だから面倒見て遣ってくれって、その言葉に甘えて何度も…」
「でも、月英は発明は好きでしたけど、料理は下手で。私が作ってあげましたね。」
趙雲は諸葛亮の顔を見つめ。
「この間、月英殿から食事を差し入れて貰いました。嬉しかった…」
「月英も心配しているのですよ。貴方の事を。だから、下手なりに作って料理を差し入れたのでしょうね。」


諸葛亮は身を離すと気遣うように。
「お身体を大切に…趙雲殿…。」
「軍師殿も…」
「あまり長くここに居ると、遠呂智に知れるでしょう。行きなさい。」


趙雲は頷くと、部屋を出てその場を後にした。
部屋に戻ると遠呂智が不機嫌そうに卓の前の椅子に座り、こちらを眺めていた。

「どこに行っていた?」
「気晴らしに城内を歩いていたのです。」
「では、庭を見たか…?」
「ええ、見ました。あのような素敵な庭を…私の為に…ありがとうございます。」
「お前が喜べば良い。戦が近い。我は出陣する。我に反抗する勢力が古志城に攻めてくるかもしれぬ。清盛に留守は任せるが、心して留守を守れ。お前は我が妃…忘れるな。」
「はい。留守を守ります。」
拱手する趙雲の身体を座ったまま、ぐっと遠呂智は抱き寄せて。

「戦の前だ。加減できぬぞ。」
「遠呂智様…私は…」

趙雲も遠呂智を抱き締めて。
「愛しております…」
「我もお前の事を愛しておる…不思議な言葉よ。心が熱くなり心地よい。では参ろうか。」

立ち上がり、ぐっと趙雲の身体を抱きかかえ遠呂智は寝台へと向かう。
遠呂智に抱きかかえられながら、趙雲は思った。

− 幸村殿…諸葛亮殿…  あの頃に戻れたらどんなにいいでしょうね。お二人の友情、趙子龍忘れませぬぞ… −
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