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□次会う時は
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「おかあさん、なんかへんなのいる」
その言葉を発した時点で、私の将来は決定した。
幼かった私が言った“なんかへんなの”とは、呪霊のことだった。
我が家は代々呪術に関する仕事に関わっている。
それは呪術師だったり、補助監督だったり、高専に勤めていたりと様々ではあるけれど、呪霊が見える力を持っている時点で、進む先は呪術に関係があるものだ。
そして術式を持っている人は総じて似た術式を持っている。血が特殊なのか、先祖代々伝わる術式を繋げていくための縛りなのか、それはわからない。
そして、私は運悪く術式を持って生まれてしまった。
「なまえちゃん変なこと言うからお母さんが一緒に遊んじゃダメだって」
そう言われたことが何度あったか。
分別がつかない子供なんて、目の前に何かおかしなものがいたらそれを言わずになんていられないだろう。
それに、皆にも見えていると思った。それは当たり前のようにいつも見えたから、それが普通だと思った。
でも、どうやら見えない方が普通だったらしい。
私は普通になりたかった。普通に友達と遊んで、変なものが見えない普通の目が欲しかった。
しかしそれを親に言っても、無理だとしか返ってこない。
「見える人は、見えない人を守らないといけない。特に力を持っている人は、見えない人を守ることが普通なの」
私が思う普通と、親が思う普通は違う。
でも私の普通を押し通すには、私は幼過ぎた。
だから、結局私は呪術師への道を外れることなく進んでいる。
▽△▽
「呪術師はクソだ」
授業の合間の休み時間にクラスメイトがだらだらと駄弁っていた。それまで何も発言していなかった私が発した言葉に、三人が同じタイミングで私に目を向けた。
「呪術師やってるお前がそれ言う?」
「うるせえクソ」
「なまえ、口が悪いぞ」
「うるせえクソ2」
「私もクソ?」
「硝子は…ギリクソ」
「ひど」
「クソクソうるせえな」
隣にいた五条が私にヘッドロックをかまして、ついでに腕で口を塞がれた。オイふざけんなクソ1。
必死に抵抗してみたけれど、力で敵う訳がなく、途中で抵抗を諦めてそのまま携帯をいじりだしたら五条も飽きたのか勝手に離れていった。
「いきなりどうしたんだ?」
「いきなりじゃない」
そう、いきなりじゃない。昔から思っていた。それが今日はつい口に出てしまっただけだ。
「呪術師は呪いを祓うためにいる。見えるから、力があるから、非術師を守らなきゃいけない。そんなん知るかっつーーーーの」
「力ある者は力無き者を守るべきだと思うよ」
「俺正論きらーい」
「私もきらーい」
「………」
「私トイレー」
面倒臭い空気を察してか、硝子が逃げた。
基本的に五条とは合わないが、夏油に反発するような時だけ異様に気が合う。嬉しくない。
でも夏油の苛立ちを倍増させるので、それはそれで楽しいから問題ない。
それに夏油は女子には優しいので、五条より扱いが酷くなることはないのだ!
「おいおい夏油、眉間に皺寄ってん…?…ああああ!」
「おーいいぞ傑もっとやれ」
「悟、お前も後でやるからな」
「いっだいいたいたい!!」
どうせ何もしてこないだろうと思い煽るために身を乗り出したら、夏油に両手で米神辺りを抑えられた。
全く予期していなかった行動に呆気に取られていたら、凄まじい痛みが頭に走った。某アニメで言うところのぐりぐり攻撃だ。
「つぶ、潰れる!頭潰れる!」
「なまえ、お前はもう少し言葉遣いを直せ」
「な直す!直すからもう勘弁して!」
あまりの痛みに声を荒げて宣言すれば、夏油は私の米神から手を離した。
もうグリグリされていないはずなのにまだされているような感覚がする。
米神に手を当てて呻いている私の横で、夏油は今度は五条に仕掛けようとしていた。でもこいつら大体決着つかないから、多分五条には大した制裁は与えられないだろう。
「夏油テメー女子には手出さないんじゃないのか…」
「なまえにはいいかなと」
「…ざけんな」
「言葉遣い」
「…ふざけないでいただけます?」
「気持ち悪ぃな」
私の言葉遣いがツボに入ったのか、気持ち悪いと言いながらも笑いまくっている五条にイラッとした。
▽△▽
「よーう」
「…なまえか」
一年前のある仕事から、夏油と五条の様子が変わった。
五条は最強と言うに相応しい程の力を持った。いやあいつは元から天才だったけど、今はもう何というか、次元が違う。
私があのレベルに到達することは一生ないだろう。死んで生まれ変わったらワンチャンある…ないな。
一方で夏油は、日に日に元気が無くなっていっているようだった。
「また痩せた?ちゃんと食えよ」
「ただの夏バテさ。それよりもなまえ、また言葉遣いが悪くなってる」
「へいへいごめんなさいね」
完全にオフの姿でベンチに座って俯いていた夏油の隣に私は腰を下ろした。隣から見る夏油の顔は、以前と変わらず涼しげではあるけれど、どこか暗い影を落としている。そんな雰囲気があった。
星漿体の件は聞いた。二人が死にかけた話も聞いた。
呪詛師はマジでクソだし、呪術師もクソだし、こいつらもクソだと思うけれど、二人が生きて戻ってきてくれて良かった。そう思う。
「夏油は真面目過ぎるんだ」
「なまえが不真面目過ぎるんじゃないか」
「んだとコノヤロ…違う、今私の話はどーでもいいんだよ」
こいつ弱っているだろうに口が減らない。
いつもの癖で言い返そうとしたが、それだと話が変わってしまう。私が話したいことは違う。
「何悩んでんの」
「…悩んでないよ」
「下手な嘘吐いてんじゃねーよ」
悩んでいないと夏油は言う。でもそれが嘘だというくらい、私にだって分かる。
これ以上聞くなとでも言いたげに、顔に笑みを貼り付けて私を見る夏油。それが余計に私を苛立たせた。
「夏油お前、正論好きだろ。いつもみたいに正論で返してこいよ」
「そういうお前は正論が嫌いだろ」
「そうだよ嫌いだよ。でも仲間の言葉を聞くのは嫌いじゃない。それが正論だろうが、クソみたいな内容だろうとね」
私がそう言うと、夏油は貼り付けていた笑みを剥がした。
自身の膝に肘をつくように前屈みになり、私を見上げてくる夏油は真顔だ。私は私で背凭れに踏ん反り返った状態なので、夏油を見下ろしている。
顔を正面に戻した夏油は、ポツリポツリと話し出した。
端的に言うと、非術師を守る意味があるのか、だった。
「力ある者は力無き者を守るべき」とか言ってた奴がまた随分と面倒なことで悩んでいやがる。
「なまえ、まだ呪術師はクソだと思うか?非術師こそクソだとは思わないのか?」
「思うよ」
「じゃあ、」
「呪術師だろうが非術師だろうが、人間である限り皆クソだ」
呪いは人間の負の感情から生まれる。
多かれ少なかれ、そういった感情は誰しもが持つ。それは仕方ないことだ。
昔は力を持たない非術師に憧れた。
変なものが見えず、死ぬかもしれないと思うこともなく、平穏に生きたかった。
でも、見えるから、助ける。知らない人だからと見殺しにする程、私も薄情ではない。しかし助けたとしても、難癖をつけてくる奴や、罵倒してくる奴はいる。そういう奴はマジでクソ。
呪術師も、人の負の感情を真正面に受けてはその呪いを祓って、時には怪我をして、仲間の死に目を見たりと、まともな神経でいられる仕事ではない。
だから、呪術師は頭がイかれてる奴、イコール、クソな奴しかいない。
「聖人君子以外は皆クソ」
「…そんな奴いるか?」
「いない。だからお前も、私も、人類みーーーーーんなクソ!」
「やってらんねー!」と声を張って両手を上げた。
夏油が私を驚いたように見てくる。いつもより目を見開いているが、それでも細い目してんな。
やっていられないが、このクソしかいない世界でも生きていくしかない。
無いものをあることには出来ないように、あるものを無いことには出来ない。だったらせめて、自分が生きやすいように、自分自身で努力するしかないのだ。
「お前がしたいようにしな」
「…私が非術師を殺すかもしれなくてもか?」
「人の道に外れることならさすがに私も止めるよ。…まあ、夏油を止められる程の力は私には無いけど」
「だろうな」
「この……でも、それで夏油が生きやすいのなら、そうすればいい」
私が夏油にこう言ったと五条に伝えたら、あいつは怒るだろう。何でそんな事を言ったんだとか、何で止めなかったんだとか、言われるのだろう。
だけど今の息がしづらそうな、貼り付けたような笑顔をした夏油を見るくらいなら、それでもいいと思った。
人の道を外れた者には、それ相応の報いが来るだろう。それを分かった上で外れるのなら、かつての仲間と戦う覚悟があるというのなら、私は何も言わない。
「お前は…なまえは意外と人のことを見ているんだな」
「意外ってなんだ」
「私がしたいように、か」
「オイコラ無視してんじゃねえ」
私の言葉に思う所があったのか、夏油はしばし考え込んでいた。でも、その顔は心なしか晴れているように見える。
一度ブレてしまった気持ちは、直そうと思ったところですぐに直せるものではない。そう思ってしまった時点でダメなのだ。いつまでも、いつまでも頭にこびりついて離れない。
ブレた思考に身を任せるのが一番楽だ。
でもそこで踏み止まれるかどうかが、強い人と弱い人の違いなんだと思う。
きっと夏油はいつか非術師を殺す。
術師の級位だって今や特級だ、難しいことではないだろう。それに探せば、夏油と同じ考えをしている術師だっているだろう。仲間になる奴はいるはずだ。なんせ、術師はクソなのだ。
「ありがとうなまえ」
「何が」
「お陰で少し頭がスッキリしたよ」
「別に〜?私は私が思ったことを言っただけだし」
「それでも、ありがとう」
このタイミングで貼り付けてない笑顔は見たくなかったな。
「一応言っとくと、私正論嫌いじゃん?」
「? あぁ」
「でもお前の、馬鹿みたいに真っ直ぐな正論聞くのは…割と好きだったよ」
夏油の細い目が見開いた。さっきよりも一段と開いている。お前そんなに目開けたんだな。
「…もっと早くに聞きたかったな」
「やだよ、絶対聞く機会増えんじゃん」
「好きなんだろ?」
「時と場合によるっつーか…」
好きと言った手前否定がしづらく、うにゃうにゃと言っていたら夏油が声を出して笑った。
「うるせえ」とか「笑うな」とか言っても夏油は笑い続けている。
こうやって馬鹿言って笑ったりしているのが、今の私の普通になっていたのに。
どうしたって、私は私が思い描く普通にはなれないらしい。
本当に、やっていられない。
「このクソ野郎」
「あぁ」
笑ってんじゃねーよクソ。
次会う時は
(クソに磨きがかかってんだろな)