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□腐れ縁は離れず
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眠い。猛烈に眠い。今布団に入ったら一瞬で寝れる自信がある。

「ふぁ…」

手で隠すこともせず、大口を開けて欠伸をする。誰が見てる訳でもなし、気にする必要はないだろう。
できることなら家で寝ていたかったが、母親に叩き起こされ、かつ今日は一限に小テストという最低なイベントがあるためにサボることは許されなかった。チクショウめ。

歩いていることで少しずつ眠気は引いてきたが、まだ眠い。学校に着いて下駄箱まで辿り着いたが、上履きに履き替えることすら億劫である。
下駄箱の扉に頭を預けて軽く目を閉じる。あ、やべ、このまま寝そ

「たるんどるぞ!」
「へぁい!」

突然聞こえてきた大声に驚き、目を開けて周りを見渡す。そこには腕を組んで仁王立ちをしたテニス部副部長がいた。

「なんだ、弦一郎か…」
「寝るな馬鹿者!」
「あだだだ」

声で分かってはいたが、姿を見て確信を持ったので安心してまた目を閉じようとしたら、弦一郎に耳を引っ張られた。痛い。

「眠いんだよう、学校来ただけでも偉いだろ褒めてくれよう」
「偉いも何も、学校に来るのは当たり前だ!」
「朝からうるさいなもう…」
「何だと!?」
「相変わらず仲が良いね」

弦一郎に絡んでいたら、その後ろから続々とテニス部の人達がやってきた。こちらを一瞥した後、それぞれ自分の下駄箱までバラバラと別れていた。

幸村君が私達を見て笑いながら仲が良いと言っているが、この老け顔とは幼馴染なだけである。

「幸村君おはよう」
「おはよう。夜更かしでもしたのかい?」
「ん〜まぁ〜そんなとこ」

正直言うとゲームしてて寝るのが遅くなったんだけども、それを言うと隣の人がまたうるさくなりそうだから言うのは控えておこう。

「お前はいつも何をしているんだ」
「はっはっは」
「何故笑う」

面倒臭いなこいつ。
てかホント、私いつも遅刻ギリギリか遅刻がデフォなんだから、間に合う時間に来ただけでも表彰ものだっつの。

弦一郎を適当にあしらっていたら、上履きに履き替えてきたテニス部員が続々と集まってきた。バタバタと足音を鳴らしながらこちらに向かってくるのは赤也君だろう。わざわざ二年の下駄箱から三年の所まで来るなんて、先輩のこと大好きかよ。かわいいな。

「なまえ先輩おはようございます!」
「おはよ〜。赤也君は今日もかわいいねえ」
「もー!それやめてくださいって言ってるじゃないッスか!」

プンスコとでも効果音が付きそうな怒り方をされた。か、かわいい…。

「ちょ、ま、無言で頭掻き撫でんのやめてくださいよ!」
「赤也君がかわいいのが悪い」
「また言った!」

「俺は“かわいい”じゃなくて“かっこいい”んです!」と言われたがそれを自分で言うところが“かわいい”んだよなあ…。
赤也君は嫌がっているが私の手を無理に振り払うことはしないので、それに甘えて赤也君の頭をひたすら撫でくりまわしている。髪の毛ふわふわで気持ちいいんだよな。朝練後だからちょっと湿っぽいけど。

「うぅ…」と唸りながらもされるがままの状態の赤也君。堪能したしそろそろいいか、と頭から手を離そうとしたら、赤也君の横に仁王君がやって来た。

「おはよう仁王君」
「おう」
「に、仁王せんぱーい…」
「なんじゃ赤也」
「た、助けて…」
「自分でどうにかしんしゃい」

わざわざ近くに来たから赤也君を助けに来たのかと思いきや、そうではないらしい。

「なまえちゃん」
「なんでしょう」
「俺のことも撫でていいナリ」
「仁王君はかわいくないから結構です」

「振られてやんの!」と後ろで爆笑している丸井君を見やる。その隣には苦笑しているジャッカル君がいる。
仁王君に視線を戻せば、「プリ」とか訳わからん鳴き声を発していた。かわいくねえ。

私が撫でくりまわしたせいでいつもより更にモジャモジャになった赤也君の髪を整える。まあ整えたところでモジャモジャには変わりないんだけども。
「ッス」と少し照れた様子の赤也君を見てまた撫でくりまわしたい衝動に駆られたが、そこはなんとか抑えることが出来た。危ない危ない。

「なまえ、もう目は覚めたのか」
「お陰様で覚めてきたよ」
「まったく、お前は毎朝毎朝たるんどる!」
「赤也君今度放課後デートしようよ」
「話を聞けえ!」

弦一郎を無視して赤也君をデートに誘っていたら、赤也君に少し引かれてしまった。何でだ。

「なまえ先輩、副部長無視するとかホント強いッスよね…」
「たるんどるーとか聞き過ぎててもうなんも響かないよね」
「ひでえ」
「それかもう名前の一部的な?」
「どうも、みょうじタルンドルなまえです」
「ブッ!」

仁王君が変なことを言うので乗っかって自己紹介してやったら、赤也君と丸井君の腹筋にヒットしたらしい。めっちゃ笑ってる。ヤッタネ!

「でも冗談で言ったけど、タルンドルなまえって意外と可愛くない?」
「可愛くねーだろぃ!」
「いやほら、トリンドルみたいで」
「鏡見てから言いんしゃい」
「んだとコラ」

喧嘩売ってんのかこの野郎。

未だヒーヒー言っている二人の背中をジャッカル君が摩ってあげている。ツボ入り過ぎじゃない?

「お前達、そろそろ予鈴が鳴るぞ」

蓮二君の言葉で時計を確認したら、確かにあともう少しで予鈴が鳴る時間だった。折角間に合う時間に来たのにこれでは遅刻してしまう。

二年の教室は三年の教室より離れているので、赤也君は慌てて走っていった。廊下を走ったことで弦一郎からまた雷が落ちそうだったが、時間も時間なので今はそこまで何かを言うことはなかった。放課後頑張れ赤也君。

さて、と前方を見やり、先に歩き始めていた弦一郎のところまで走り寄り、思い切りその背中に飛び付いた。

「ぐっ、」
「よし、弦一郎ゴー!」
「おいなまえ!降りろ!」
「ほら、鍛錬だと思って」
「お前は自分の鍛錬をしろ!」

眠気は覚めたが寝不足から来る疲れは残っているので、幼馴染に甘えようと思った結果である。

弦一郎は私を振り落とそうとしているが、私は弦一郎の首に腕を回して負ぶさっているので、足がぶるんぶるんしている。

「お、お、お?」
「いい加減降りんかあ!」
「待ってこれちょっと楽しい」
「楽しむな!」
「そろそろ本当に遅刻するぞ」

蓮二君の言葉で弦一郎も私を振り落とすのは諦めたのか、そのままの状態で小走りし始めた。走らないのはさすが風紀委員というかなんというか。

しかしさすがに腕だけでぶら下がるのは疲れてきた。
「弦一郎〜」と呼べば、弦一郎は私の太腿に手を回して支えてくれた。付き合いが長いだけあって意思疎通が楽である。

「じゃあまたな」と手を上げてくれたジャッカル君に向かって、私も手を上げ返した。ジャッカル君はクラスが遠いから別れるのも早い。近いクラスの人達はまたぞろぞろと早歩きでクラスへと向かう。

「あ、柳生君おはよう」
「おはようございます」

同じクラスの柳生君が弦一郎の横に来た。そう言えば挨拶してなかったと思いすれば、律儀に返してくれた。

「みょうじさん」
「なんだい」
「淑女がそういった格好をされるのはあまり褒められたものではないですよ」
「固いこと言うなよ紳士〜」
「柳生の言う通りだぞ!」
「じゃあ落とせばいいだろーがゲンちゃんよお」
「その呼び方はやめろと言っただろう!」

からかいついでに昔の呼び方で呼べば怒られた。確かに今の風体に「ゲンちゃん」は死ぬ程似合わない。
しかしそのミスマッチが笑いを誘う。ゲンちゃんウケる。

「ゲンちゃん!似合わねえ!」
「昔はゲンちゃん呼びでも違和感なかったからねえ」
「想像できん」

そりゃーこの老け顔からは可愛らしい子供時代なんて想像できんだろうよ。というか今も子供時代と言えば子供時代なんだよな。

「あぁ、昔はゲンちゃんなまえちゃんと呼び合っていたのに時間というのは本当に残酷だ。あの頃はゲンちゃんが中三にしてこんな老け顔になるだなんて想像もしていなかった。ああ悲しや」
「貴様こそあの頃は女子らしくおとなしかっただろうが!それがこんなにも図々しくなりおって…!」
「柳生君今の聞いた?ひどくない?」

柳生君に同意を求めたら「ハハハ…」と乾いた笑いをいただいた。
でも弦一郎も、これだけ言い合いして怒っても落とすことはしないから、意外と甘い男である。そして私もそれに甘えて弦一郎に絡みに行くのである。

それを友達に言うと「それあんただけだよ」と言うし、テニス部の人達に言っても「それはお前だけだから」と言われる。
確かに弦一郎ってば、人にも自分にも厳しいからな。特に赤也君には厳しいからな。それだけ期待しているんだろうけども。

「そんじゃーな」
「ばいばい」

B組の教室まで来たので、丸井君と仁王君とはここでバイバイだ。

「着いたぞ!もういいだろう降りろ!」
「ゲンちゃんありがと〜」
「だから…!」
「真田君、落ち着きたまえ」

A組の教室に着いたのでお礼を言ったのに、何故かまた怒っている。その内血管切れそうだね。
ガミガミ言われるのも疲れるので、さっさと自分の席へと向かう。途中で友達と挨拶しながら歩いていれば「ホント、仲良いよねえ」と笑い混じりにそう言われた。

「ふふん、いいだろ」
「別に羨ましくはないけど」

少し得意げに返したのに、どうでもよさげに返された。

まぁ、そうだな。私もそう思うわ。









腐れ縁は離れず

(テストめんどいなぁ)



 

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