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□ありもしない未来へ
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「傑が集落の人間を皆殺しにして、行方をくらませている」

夜蛾先生と出会い頭に言われた言葉に、大して驚きはしなかった。

予感はしていた。夏油はいつか非呪術師を殺してしまうって。
いや、予感じゃないか。夏油と二人で話をしたあの時から、確信はしていたんだ。

あの時私は夏油の背中を押した。殺しを推奨した訳ではないけれど、夏油が生きやすいようにしたらいいと言った。

やっぱりお前は、ここじゃ苦しかったんだな。

「どう思った?」
「驚きはしたよ。でも呪詛師落ちする奴なんて多いんだし、やっちゃったか〜って感じ」
「軽いな」

硝子の部屋に行って夏油のことを聞いたら、思いの外軽い返事だったので、少し気が抜けた。
まぁ、そうだよな。呪いなんて相手にしていれば、澱みなんてすぐに溜まる。特に夏油は呪術師に対して真面目だったから、余計に苦しかったのだと思う。

「まぁ、同期が犯罪者ってのは嫌だけどね」
「わかる」

呪術師対呪詛師なら、呪術師界隈ではグレーかもだけど、対一般人では完全に黒だ。しかもやむを得ない状態ではなく、故意的に殺した。アウト過ぎる。

「てか、なまえも割と軽い反応だよね」
「まあ〜…うん」

夏油から聞いた話はした方がいいのだろうか。
硝子は深入りするのは嫌がるから、話したところで「ふーん」で終わりそうだけれども。

話すかどうするか悩んでいる間に、硝子は煙草を取り出して火を付けていた。
この煙草の匂いは嫌いではないけれど、煙いのは嫌いだ。だから話すにしても今度にしようと思い、部屋から出ようと立ち上がる。

「あぁ、そうだ。なまえ」
「なに?」
「あいつ、五条。荒れてるから会わない方がいいよ」

煙を吐きながらそう言う硝子は、何を考えているのかわからない。それは私を心配してなのか、五条を心配してなのか、もしくは面倒ごとを避けたいからなのか。
だけどそれを聞いたところで硝子は答えない。
「わかった」と一言返して、私は部屋を出た。



 ▽△▽



硝子と会ったその足で、私は五条を探しに高専内を歩いていた。

硝子の部屋を出たすぐ後に、五条の部屋に行ってみたが留守だった。
確かあいつ今日は任務は無かったはず。硝子の言うように荒れているというのなら、何処かに出掛けたりもしていないだろう。あいつのでかい感情を発散出来そうな場所となると、結界が張られている高専内が一番有力だ。

高専内でも鬱蒼とした裏山の中を歩いていれば、何処からか地響きと振動が伝わってきた。
その音の出所が五条だということは、すぐにわかった。
こっちだろうな、と当たりをつけて向かえば、そこには拓けた所に一人立つ五条がいた。

いつも余裕綽々な態度で、人を小馬鹿にするのが五条だと思っているし、実際に初めて会った時からその姿勢は一貫していた。
だから、五条が荒れていると聞いてもいまいちピンと来ていなかった。

五条が立っているあそこは、前は木があったはずだ。それが、綺麗さっぱり無くなっている。きっと五条の術で消滅したのだろう。
あちらこちらに穴が空いているし、五条は汗だくで肩で息をしている。硝子から聞いていた通り、荒れてる≠ニいう表現がピッタリだった。

「落ち着けよ」
「うるせえな」
「お前が暴れたところで、夏油は戻ってこないよ」
「うるせえっつってんだろ!!」

落ち着かせようと話し掛けてみたはいいが、火に油だったようだ。
親の仇でも見るかのように、五条は私を睨み付けてくる。いつもしているサングラスをしていないから、六眼がよく見える。

五条はムカつく奴だけれど、あの眼は本当に綺麗だと思う。

「傑が、あんなことする訳ねえ!」
「………」
「あんな、正論ばっか言う奴が、」
「五条はさあ、夏油の気持ちってわかる?」
「…あ?」
「親友だ、最強だ、とか夏油といつも言ってたけど、ちゃんと夏油の考えてること聞いたことあんの?」
「………お前はわかんのかよ」
「わかんないよ。でも、ここ最近の夏油は苦しそうだったよ」

私がわかることなんて、それくらいだ。

きっと、転機は星漿体の一件だ。
あの時に星漿体の女の子を死なせずに救えていれば、今も夏油はここに居たかもしれない。
まぁ、かもしれないってだけで、何も無くても行ってしまっていたかもしれないけれど。

「五条は強い。夏油も強い。二人共最強だよ、多分。でも、万能じゃないんだよ」



 ▽△▽



呪霊が多い。三級呪霊だが、やたらと数が多い。
術式的に、多数相手に向いている私がこの任務に当てられたのは、まぁわかる。わかるけれども。

「あぁ〜〜〜もう面倒臭いなあ!!」

面倒臭さが限界突破している。
かと言ってこいつらを放置していく訳にもいかない。
それなら、もうついでに日頃の鬱憤を言いながら呪霊を祓っていってやる。

「最近任務多過ぎじゃないですかねえ!?」
「やっと部屋に帰れたと思ったら即次の任務とか馬鹿かっつーの!」
「術師にも休息は必要ですが!?」
「大変なのは知ってるけど学外に出ない硝子が羨ましい!」
「てか、何で五条はいつも高専にいる訳!?あいつも任務引っ切り無しに入って…あ!?もしかして術式使って移動してんのか!?」
「だ〜〜!これだから天才はイヤだイヤだ!」
「お土産ヨロシクじゃねーわ!テメェで移動して買え!!」
「つーか一人称僕≠ニか似合ってねえってか気持ち悪いんじゃボケェ!!」

「何だ、悟の奴結局変えたのか」
「は?」

バッサバッサと祓っていた呪霊も残り最後。そして五条への愚痴を吐き出しながら最後の呪霊に攻撃をしようと振り下ろした直後、この場で聞こえてこないはずの声が聞こえた。

反射で声が聞こえてきた方向に顔を向ければ、そこには夏油がいた。

「えっ、袈裟似合わな、ダッサ」
「久し振りに会った旧友への第一声がそれか?」

やれやれ、と言わんばかりに肩を竦められた。こんなやり取りも久し振りだ。
懐かしさも感じるけれど、イラッとするのも変わらない。
久々なのにうるせえなこいつ。

夏油にイラッとしたのも束の間、何かを忘れている気がする。
はて?と考えたが一瞬で思い出した。
私最後の呪霊始末したかちゃんと確認してない!

「わっ、あっ、あぶね!あっコラ逃げんな!」

とどめを刺そうと呪霊と向き合ったが、寸での所で逃げられた。

「詰めが甘いね」
「うるっせ!誰のせいだと……」

夏油の小言にイラッときつつも呪霊の逃げた先を追えば、呪術は夏油の元に向かっている。
敵と見做して攻撃でもするのかと思えば、呪霊は夏油がご主人ですとでも言いたげに足に擦り寄っている。

まさか、とは思ったが、夏油がその呪霊を祓わない時点でそれが答えだった。

「…おま…マジでふざけんなよ…これお前のかよ…」
「お疲れ」
「あ!?じゃあ先週の大量の呪霊もお前のせいか!?」
「それは知らないな」
「知ってろよ!!!」

この流れなら夏油が仕組んだ流れじゃん!何で知らないんだよ!!
先週のもめっちゃ多くてめっちゃ疲れたから、夏油のせいならここで鬱憤をぶつけてやろうと思ったのに!
思い出したせいで余計に鬱憤が溜まった。クソ。

「それにしてもなまえ、強くなったな」
「うるせえ特級」
「褒めたんだから素直に受け取りなよ。というか、前より言葉遣い酷くなってないか?」
「うるせえクソ」

前みたいに普通に話しているけれど、目の前のこいつ指名手配されてんだよな。
何かした方がいいのだろうか。せめて捕まえる振りでもする?いや、無理。

「そんで?わざわざ大量の呪霊を放ってまで私に会いたかったって?」
「まあね」
「よし、じゃあ目的達成したな。解散」
「つれないな」
「うるせえ、指名手配犯はさっさと雲隠れしてろ」
「なまえは、何も聞かないんだな」

付き合ってられん、と夏油と反対側へ足を進めていれば、聞こえてきた言葉に足を止めるはめになった。
何も聞かない、だって?

「じゃあ聞いたらお前答えんのかよ」

私が距離を開けたせいで遠くなった夏油を見る。
相変わらず目細いなこいつ。

「そうだな、多分、答えない」
「だろーな」

何も答えないことがわかってるのに、それをわざわざ聞こうとは思わない。
時間の無駄だし、何より腹が立つ。

「そういうのは答える気になってから聞けっての」
「…そうだな」

フッ、と夏油の口から息が漏れる。自嘲か?自嘲なんだな?

こちとら、硝子と五条が夏油と会ったことだって本人達から聞いているんだ。
それが、夏油が行方をくらませてから割とすぐだったのに、私は夏油に会っていなかった。
あれから、どれくらい経ったと思っている。

私達はもう高専を卒業した。
四人で過ごしていたあの時間も、既に思い出と化している。
一人は遥か遠く先の方へ、一人はのんびりとマイペースに進み、一人は誰とも交わらない道へ。そして私は、どこにも行けないでいる。

「今更何なんだよ、五条と硝子には会っといて私には何も無かったくせに」
「何だ、妬いてるのか?」
「うるせえボケハゲアホ」

お世辞にも、私達は仲良しなんて間柄ではなかった。
基本的にみんな自己中だし、マイペースだし、協調性なんてものは皆無だったから、例え離れ離れになったって清々するんだろうなと思っていたくらいだ。

それなのに、あの四人でいられなくなったことに、酷く悲しくなった。

「わかってるよ、夏油があのままあそこにいたらダメになってたって」
「うん」
「夏油には笑ってほしいと思ったから、あの時はああ言ったけど」
「…うん」
「本当にいなくなるなんて思いたくなかった」

寂しかったんだ。
馬鹿を言い合える相手がいなくなって。
お説教をしてくる相手がいなくなって。
五条も夏油がいなくなって落ち込んで、張り合いもなくて。
硝子はいつも通りだったけれど、ふとしたときに違う空気を出していて。

「なまえにお礼を言いたくて」

夏油の言葉に、足元に向けていた視線を持ち上げる。
お礼とは。

「家族ができたんだ」
「…結婚したってこと?」
「違う。でも、家族だ」
「…へぇ…?」

結婚していないのに家族が出来たと表現する意味合いを理解出来ず、頭を傾げる。
意味は分からないけれど、だけど、夏油が笑っている。

それだけで、もう充分な気がした。

「ちゃんと笑えてんだね」
「あぁ」
「夏油が傍にいないのは寂しいけど、笑えてんならいいや」
「…なまえは何だかんだ言ってても私の事好きだよな」
「夏油も何だかんだ言ってても私の事結構好きだよな」
「あぁ、好きだよ」

そりゃ、嫌いだったらわざわざ機会作ってまで会いに行こうなんて思わないだろう。でもどちらかと言えば好き≠フ意味合いで返した言葉に、思いの外真剣な声音が返ってきて瞠目した。

夏油の目を見て真意を測ろうと試みてはみたけれど、こいつの本心なんて読めた試しがない。
早々に諦めの境地だ。

そういう意味の好きだろうと、そうでなかろうと、呪術師と呪詛師が同じ道を歩むことは無いのだから。

「呪詛師辞めてから出直してきやがれ」
「辞めたら受け入れてくれるのかい?」
「夏油はねーわ」
「ハハッ!ひどいな!」

夏油はお腹を抱えて笑っている。目の前のこいつの笑いのツボがわからない。
夏油は一頻り笑って落ち着いたのか、目に涙を溜めたまま顔を上げた。

「ありがとう、なまえ」
「だからお礼言われるよーなこと言ってねえっつの」
「本当はなまえをこっちに誘おうと思ってたんだけどね。どうやら無理そうだ」

私に呪詛師になれって?そりゃ無理な相談だ。

呪術師も呪詛師も一般人も全員クソだと思ってはいるが、私は呪術師だ。
呪詛師がいれば戦うし、一般人がいれば助ける。相手がいくらクソだろうと、助ける。いつかの夏油の言葉のように、私は人を助ける。
それだけはどう足掻いても変わることはないのだ。

「まぁ、お互い生きてたらまた何処かで会うでしょ。でもこんな面倒なことは二度と御免だからマジでやめろ」
「わかったよ」

夏油はやれやれとでも言いたげに肩を竦めている。動作がうるせえ。

「今度は正々堂々会いに来るよ」
「はいよ」
「あまり無理はするなよ」
「そっくりそのまま返すわ」
「…ありがとう」

そう言って笑った夏油を見て、私も笑う。良かった、夏油がちゃんと笑ってる。
私も、久々にちゃんと笑えた気がする。

そして瞬きをした一瞬で、夏油の姿は消えた。帳も同時に消え、辺りは暗い森の中になった。
祓い出した時は明るかったのに、もう暗くなっている。結構時間経ってたんだな。通りで疲れてる訳だ。

麓で待っている補助監督に連絡をするために、携帯を取り出す。
電話をかけようと通話ボタンを押す前に、一度周りを見渡した。

いくら辺りを探っても、夏油の姿も、呪霊の気配すら、何も見えないし、感じない。

「あーぁ」

私はあいつが呪詛師になるってことの意味を本当には理解していなかった。

きっと、次会う時はあいつは敵になる。
あいつは本気で私を殺しに来るだろう。そういう奴だ。

そうしたら、私は呪術師として、今持つ全てを持ってあいつと向き合わなければいけない。

携帯を持つ手が震えている。

「四人でいたかったなあ…」

覚悟が出来ていないのは私の方だった。








ありもしない未来へ

(ばいばい)




 

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