戦国

□仏の嘘を方便といい、武士の嘘を武略という。
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朱く朱く淀む、生温い夜。




西から偵察の帰り。


背後に影を確認し、忍に似合わぬ柔らかい橙色の髪をかきあげながら軽く溜息を付く。


「…残業ね。」


「もーさァ、真田の旦那に残業代聞かなきゃ…。俺様、マジ働きすぎでしょ?」と、この場に相応しくない事をブツブツと呟く。


まあ何時もの事かと肩を落としつつ、静かに笑みを浮かべて、真田の忍は僅かな間で追っ手を全て殲滅していくはずだった。


最後の獲物の急所をクナイで捉えた瞬間。

…追っ手の血飛沫の端に映る朱い月の中から、突然暗い影が伸びて佐助を襲う。素早く印を結ぶが、影の正体が障気と気付くのが遅すぎた。






「こんばんは。」




ヌメリとした視線と生温い詞が躯に纏わり付く。


「…!?」


障気に毛穴から蝕まれる感覚が脳を沸々と粟立たせ、思わず息を飲む。



目の前の悪夢を、何故と考えるのは野暮だ。此処は戦場で、自分は忍。




「明智…光秀…」


佐助は死神の名を呟く。




「今宵は月夜の逢瀬…、。会いたかったですよ。」

光秀は唄う。






「おや?そんなに息を弾ませて喜んでくれるなんて、真田の忍。…フフ…嬉しいですよ。」





その詞で、ほんの僅かだが呼吸が乱れている自分に気付き心で舌打ちする。



朱い月の使者は忍の長である彼を、数瞬凍らせることに成功し、その間を決して見逃さなかった。


光秀の躯から放たれた黒い障気は、凍り付いた忍の躯を更に深くえぐる。



ブツと全身から鮮血をあげながらも、数十メートル後退出来たのは、真田の忍の長にしか出来ぬ技であったが…

同時に、壮絶な障気が彼の気を喰らい尽くし、佐助はそのまま崩れ落ちた。



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